土曜日の森
はじめ
土曜日になると僕はいつも頭の中に森が思い浮かぶ それは荘厳で深緑に煌びやかで僕をとても安心な気分にさせる
僕はその森の中へ入っていく 吐く息は真っ白から緑になる この森の中では季節がめまぐるしく変化するようだ 濃密な霧が出てきて僕の肌を蒼く湿らす 僕の汗と無数の水滴が混ざって臍の窪みまで流れていく 僕はジャンパーを脱いで奥へと進んでいく
奥は春になっていて 一人の少女がピアノを弾いて森の小さな可愛らしい妖精達や精霊達がそれに合わせてダンスを踊っている 僕の傷ついた心はぱぁっと明るくなって それが表情にも出て 駆け出して僕がピアノを弾いて少女達を踊らせる 愉快で心が弾むような曲で 少女は軽やかにステップを刻む
春の眩しい日差しがこの空間に射し込んできて 僕達は太陽もダンスをしていることに気付く 雲が効果的に照明をパチパチッと付けたり消したりしている 美しい少女はいつまでも踊り続ける スカートが浮き上がって僕をドキッとさせるが 中身を見たことによって少女は生きていないように感じられる 彼女は人形にパンティーを履かせただけのように見えるのだ
少しの間少女に興味を無くしていたけれど それを受け入れた為か 僕は彼女に情熱をまた燃やし始めた 辺りは暗くなっており 妖精や精霊達は火を灯したけど 急に猛吹雪が僕達に襲い掛かり 演奏を中断して皆グランドピアノの下に避難した 少女は僕の顔を見て 「森の神が怒っているのよ。きっと奥さんに浮気されたんだわ。奥さんはゼウスみたいな人だもの」と笑った 「だからこの森は神様の気分によって季節が変わりやすいの」 僕も笑って早く機嫌が直ればいいのにと言った 吹雪は激しさを増して風が異常に強く真横に降っていたが しばらくすると吹雪は止み 春の陽気が戻ってきた
僕はまたピアノを弾いて 皆はダンスを踊ることに耽った それはいつまでもいつまでもいつまでもずっと続いた 僕の頭の中のレパートリーは既に尽きていたけど 何故か僕の知らない聴いたことも無い曲を弾きこなしていた
季節は巡り夏を過ぎて 秋になっていた 夏まで僕達の目を楽しませてくれた様々な緑の葉達は 枯れ果て 落ち葉となって地面に敷き詰められていた 僕の曲調もバラード系になっていった 僕はもうこの森を出なければならないことを知っていた
僕はピタッと弾くのを止め みんなに言わなければならないことを告げた「僕はもう帰らなければならない時間が来てしまった。みんなには悪いけどもう帰らないと」 すると妖精や精霊達は泣き 少女も目を赤らめて僕に近づいて来た 「楽しい時間をありがとう。とても楽しかったわ。あなたがいなくななるのは残念だけど、またいつでもこの森に遊びに来てね。待ってるわ」と言って少女は僕の頬にキスをした 僕は皆に「また来るよ」と涙を流して さようなら と手を振り晩秋の空間を抜けて春を抜けて夏を抜けて冬を抜けて再び霧の中を抜けた
意識を現実を戻すと既に子午線を過ぎていた 僕は終わりかけの仕事を終わらせ 煙草の煙を溜め息と共に吐き 昼から缶ビールを飲む為にセーコーマートへ車を走らせた