妄想世界
A-29
以前から『海の見える街』という曲が聞こえてくると、私の頭の中でひとりの少女が勝手に歌を歌いだすのでした。
「好き 好き 大嫌い 心は移り気だわ〜♪」
「こら! やめんか! 俺だろお前! 気色の悪い!」
そう叱りつけると
「ごめんなさい、おじさん。もう歌いません。」
と言って少女は走り去るのでした。最後に叱った時は叱り方がひど過ぎたのか、それから歌う少女が現れることはなくなりました。
ところが、ゆうべのことでした。夜中過ぎに風呂に入ろうと洗面所のドアを開けると、明かりのついた風呂場から、すりガラス越しに若い女のハミングが聞こえるのです。
「んん、んん、んーんんん」
あのメロディーです。
「(ああ! あのおねえちゃんじゃないか! しかも風呂場から! ラッキー!)」
私はダッシュで服を脱ぎ捨てると、久しぶりに若い女の裸が見れる、ぐえっふぇふぇ、と喜び勇んで浴室へ入ったのです。
「あ、おじさん、ごめんなさい。」
「(乳でかっ!)」
「ここはおじさんのお家だったんですね。よかった。っていうか、ごめんなさい。」
「いやいや、なんていうか…。いいんでしょ、おれ入っちゃって。」
「え? ええ、すこし恥ずかしいけど。わたし今夜は…。」
「(よっしゃーよっしゃー乳すうたるどー、明日の朝まですうたるど〜!)」
「あの、おじさん、おじさん。おじさ〜ん…」
私とその娘は一晩中いろんなことをしたりされたりして過ごしました。あの歌の歌詞も全部紙に書かせました。
「で、これ現代詩フォーラムに投稿したら、お前もう現われねえとかそういう仕組みなの?」
「現れてほしい?」
「おう、たまにね。ぜんぜんちがう格好して。おれカーデガン着た女と玄関でやりてぇ〜。そだ今だったらジーンズにスプリングコートでもって黒のパンプス履いてもらって…」
「あいかわらずのわがままさんでちゅね、ちゅっ。」
なんちゅーてけーりました。少女は。はい。