距離
健
遠い
遠い言葉が
この近さで生まれる
形を変えていく音の
はじまりが揺れ続けて
廊下に落ちていた
誰かの笑い声を思い出す
+
夕暮れが残る夜
潜みの中の湿った皮膚へ
そっと 息を送ると
乾ききっていた声が
わずかな色を持って
指先まで伝わってゆく
溢れることのない
内側の世界で
いつも この近さで
+
外を眺めるのをやめて
一日、と呟く
窓は固定されているから
いつまでも皮膚は湿ったまま
触れるということを知らない
反響音の重なりが
小さな部屋を覆って
行くあての無いままに
鋭さを増してゆく
+
その目を見ることができないまま
誰かはいつまでも誰かだった
眠らない静けさの中を
床の冷たさが伝う
空気の振動が伝う
何もかも伝わってしまう
半分の体で壁際に転がり
天井を見上げるこの目に
たくさんの手のひらが、見える
+
なんだか笑ってしまった
それは定期的に起こる出来事で
その度に記憶を手繰り寄せることになる
やがてはどこかに落下して
張りつめた音を立てる
誰かの笑い声、と
滲むような朝
その距離が
今 はじまりのように、遠い