九月童話
紅魚

 
まずは、
背中の秋を追いかけて
レダの卵を採取しなくてはなりません。
(ゆめです。きづかれぬようにかくしてしまった、)

それは、此処からずっと北、
一つ長い橋を渡って弓なりに沿っていった先にありますから、
エノコログサのアンテナを
しっかりと立てておく。
(どじ、だからね、方向、見失わないように、だよ、)

左手はいつも海だから、
少し潮でべたつく風の道、
わざと押されるみたいに歩きます。
そのままぐらりと跳べれば好い。
長い髪がざわざわするので、
とたんとたんとステップ踏むあたしは、
きっと一心不乱のおばけみたいに見えます。

海面を跳ねるたくさんの白は、
海に棲む風兎です。
少年がいつか遠くの海で零した涙を呑んだ兎なので、
呼び寄せて、
一つ残らず抱きしめる、つもりで、
手を伸ばせば
凛、燐、と、
指先を呑まれる気配。
触れた先から青に還るその懐かしさに、
どうぞ?
と言われた気がして、
カラコロ瑪瑙の涙が一つ、
あ、あ、
零れた。
からり、からり。

あの体温が近付きます。
まちぼうけの半月がそこにはありますから、
呼び水みたいに、やさしい音の、空気の、波の、
それから夜の、
鼓動が鼓動が鼓動、が。
(可笑しいな。
ね、ぢつはrhythmでたらめ、でしょ、)

あすこに、
羽根雲の流れの先端辺りに、
石の鳥居です。
砂糖の焼ける匂いがする。
それから、
ぷ、ぺん、という、
チャンポンの音色と、おはじきのざらり。
喧騒は聞こえない振り。
白い幟の並ぶ、
ずっとずっと向こう側、
門の先、が、還る場所だと確認して、
小さく小さく手を振りました。
さよなら、
さよなら、
また、後で。

まずは、
卵、を採取しなくては、なりません。
(あれは、あれも、くがつのおはなし、だったよね)

秋の原に出ました。
此処は、プ****海岸というのでしょう。
だって、
あの鯨座の下、
ο星が降りて来た先の揺れる燐光の中、
露湛えた菊花を抱えて
君が、
ほろほろと泣いていますから。

何処からか流れてくるこの水は、
涙ではないようです。
淡水。
ああ、あ、あ、
これは君が零した菊の露ですね。

泣かないで。

ごめんなさいはもういいから。
なかないで、
なかないで、

真水の密度の中で、
あたしは不意に尾鰭を、
泳げることを思い出してしまう。
君に向かって走るみたいに泳ぎだしてしまう!!

(きみもあきにのまれそうだ、が、せいかい、ですね、そうでしょう?)
手を、
どうか手を、
伸ばした触れた指先から、
懐かしい青の気配。
あ、あ、
あれは君だった、
と。
(まって/またれて、い、た)

でたらめの鼓動の更にでたらめ。
半分の月差し出して、
ください、を言わなければならない。
レダの卵は君の中。
夢、でした。
気付かれぬように隠して、しまった。

心いっぱいの卵(と、きみ)、
月、満ちて、蜜。
始まった。始まった。
さやさやと、秋をこえる童話です。
まるい、まるい、まるい、
(たまご、つき、まりも、くじらのあたま、きんぎょのおなか、それから、)
繋いだ手、
鳥居の向こう、
還る夏の音
二人、
出会って林檎飴を食べに行く、
次は、
そういう
やさしいお話。



自由詩 九月童話 Copyright 紅魚 2007-04-22 13:57:06
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