タロは吠えます
川口 掌

   


歌島さん宅の庭先で
タロが吠えます


夕暮れ時
表を飛び交う蝙蝠を一心に見つめ
かれこれ
吠え始めてから十分は経ったでしょうか
たまりかね
お向かいの河上さんが席を立ちます
その頃に歌島さんが
ご馳走を抱え玄関から出て来ます

ご馳走を前に
タロは少し小首をかしげ
それでも
目の前に置かれた物を平らげます
お腹一杯になって一服した頃
歌島さんは
タロのお散歩セットを手に現れます
黄昏時の町を
歌島さんと
お決まりのコースを徘徊し
いつもの様に鎖に繋がれます
そうやって繰り返し
毎日続く平穏な日々が暮れていきます

お散歩から戻ってくると
あれほど
たくさん飛び交っていた
蝙蝠達の姿は
いつも消えています


歌島さんも
河上さんも
夕暮れ時
タロが吠えるのは
お腹が減っているからだと
信じて疑いません
タロが夕暮れ時に
表を飛び交う蝙蝠に
何故だか吠えている
そんな事は考えても見ません
当の本人タロ自身も
散歩から帰って来た時には
そんな事は忘れてしまっていて
蝙蝠の事は考えません


今日も
もうすぐ日が暮れます
そして
今日もタロは
黄昏の町を自由に飛び交う
蝙蝠を見つめ
きっと
一心不乱に
吠え続ける事でしょう





自由詩 タロは吠えます Copyright 川口 掌 2007-04-21 15:52:06
notebook Home