君に触れたくて
はじめ
この先にある午前中の玩具屋
眩い白い光に包まれて
僕は2004年に戻ってきた気分になる
バスを降りて暫く坂を下ると
異国の風情漂う町が見えてくる
そしてその一角に僕が働いている小さな玩具屋がある
過去の光が店内に射し込んできて とても気持ちが良い
店長はまだ見たことはない ここに履歴書を出しに来た時も「ここに置いておいて下さい」と指定された場所に置いておくと 数日後に自宅に採用の旨のワープロで打たれた手紙の入った封筒が届いたのである
毎日 10時から夕方の5時まで働いている 買い物客は子供から大人まで実に様々だ 色んな生き物達が玩具を買いに来ている 店が終わると清算をし 玩具を積んだトラックがやって来ては代金を小切手で払ったり 実質 この小さな店は僕が切り盛りしていると言っても過言ではないだろう
ここでずっと働いていると 時間が止まっているように感じられる 向かいの花屋の君の姿をした少女は いつも僕に昼食を持ってきてくれる
僕は君と店の前の木のベンチに座って 君の作ってくれた昼食を食べる 君が「おいしい?」と聞くと 僕は心から「おいしい」と言う みんな僕達のことを邪魔しないように昼食が終わるまで店にやって来ない 僕と君はベストカップルだ
僕はいつか君に告白しようと思っている 完全にこの世界へ引っ越してきて 店長から約束されたこの店を譲り受けた時 君に結婚のプロポーズをしようと思っている 君は承諾してくれるだろうか きっと「はい」と言ってくれるだろう そうすれば僕は君とずっと一緒に幸せに暮らしていける
だが僕は本当にそれでいいのだろうか? 一生2004年の春の中で暮らし 2004年の冬を越さないつもりでいるのだろうか? ずっと自分と君の影の記憶にしがみついていてもいいのだろうか? 僕は一生僕にとって隔絶された町で暮らし自分を成長させないつもりなのだろうか?
いや そうするべきではないだろう しかしこの町から離れるということはこの町で僕が得たものを全て失うということだ ここで得たものは命よりも重いものだ この僕が作り出した記憶の幻想は捨てられることで効力を無くす 何もなくなる 僕は現実世界で何もかも新しく始めないといけない
でもそうすべきであると思った 玩具屋は僕の中にしか無いし君は僕の中にしかいない 僕が一歩踏み出せばほら 町が目の前に見えてくるし玩具屋も花屋の君もいるじゃないか 君達の世界を創るのに時間がかかりすぎてしまったけれど 僕は君にまた恋をしてもいいかな しかしそれには少しばかり歳を取りすぎてしまったけれど 僕は天国へ君達を持っていってそこで種を植えて花を咲かすよ そして永遠に君達と暮らすよ