蛸男
なかがわひろか

蛸男と偶然すれ違った
僕と君たちと一体何が違うって言うんだ
開口一番蛸男は僕に突っかかってきた

何も違いやしないさ
君は十分に魅力的だよ

当たり障りのない言葉を返すと
蛸男の怒りは少し収まったようだ

悪かったよ
急に怒鳴ったりして
ときどきどうして自分が蛸男なんだって
いてもたってもいられなくなるんだ

分かるよ
君の気持ちは分かる
だけど何も気にしなくていいんだ
君は蛸男だけど
僕たちはこうやって友達だし
なんら変わりなんてないさ

蛸男は涙目になって
僕に抱きつこうとしたけど
どの腕で僕を抱きしめればいいか
迷っていた
まだ利き腕を見つけていないようだ

君はとても優しいね
今まで誰もそんなことを言ってくれなかった
便宜的に決めた利き腕をとりあえず空中でふらふらさせながら
蛸男はそう言って
僕のほっぺに吸盤でキスをした
なかなか吸い付きが強かったから
きっと明日になっても痕は残るだろう

もう行くよ
久しぶりに会えてよかった
蛸男はそう言って
去っていく

蛸男
うじゃうじゃしている足元を遠目に見ながら
聞こえないように

笑った

(「蛸男」)


自由詩 蛸男 Copyright なかがわひろか 2007-04-21 01:42:24
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