出棺の日
服部 剛
畳の部屋に座る祖母が
親父と叔母を目の前に座らせ
「もしも私が世を去った後も
互いに仲良くしなさい 」
と静かに語っていた頃
仕事帰りで疲れたぼくは
霧雨の降る駅前広場の壁に凭れ
行き交う人波の向こうで
ギターを抱く人が弾き語る
「故郷の唄」を聞いていた
終電で家に帰り
重い腰をソファーに下ろしたまま
横たわり夢に落ちた
目が覚めて
窓の外を見ると
霊柩車が停まっていた
向かいの家の初老の婦人が眠る棺桶は
開かれた金の扉の中へ
遺族達の手で運ばれる
ソファーから立ち上がったぼくと
湯のみをテーブルに置いた祖母と叔母と
三人は窓辺に並んだ
婦人が生前愛した
「乙女の祈り」が流れ始め
雲間から日は射して
窓辺に陽だまりが広がる
( 毎朝夫が出勤すると
( 婦人は大きく手をふり
( スーツ姿の背中を
( ずっと見送っていた
( 愛犬の太郎を傘で突っつく
( 帰り道の小学生達に
( 血相を変えて怒っていた
( 太郎が亡くなってからは
( やつれた顔で
( 夕方になるといつも玄関前で
( 頭上に舞い降りる烏達に
( 餌を投げ上げていた
「乙女の祈り」が終わると
遺影を抱いた初老の夫は
助手席に乗り込み
出棺のクラクションが晴れた空に響き
霊柩車は火葬場への道を走り始めた
( その後ろを太郎の面影が走っていった
ぼくと
祖母と
叔母と
陽だまりの窓辺に立つ三人は
そっと手を合わせ
隣の祖母は
「南無阿弥陀仏・・・」
と繰り返し唱えた
庭に咲く
名も無き黄色い花々は
風に揺られ
私達に
大きく手をふっていた