萩原朔太郎を喚び出す詩
岡部淳太郎

回る
火のついた犬のように
走りながら
回って今日一日の
憂愁を追う
今日も丹沢の山は見事に鋭角で
背後の空からくっきりと浮かび上がっている
おそらく上州前橋から見る山なみと
そう変ることのない風景だろう
萩原よ
朔太郎よ
あなたを嚆矢とする悩ましい病が
ここ現代日本の空の下で
日々あらたな患者をつくりだしていることを
知っているか
それらのあたらしい病気持ちは
夜になると蛤のように腐って
べちょべちょになり
あなたから受け継いだ遺伝性の症状に苦しんで
のをあある とをあある やわあ
などと悲しげに吠えているのだ
群衆の中を求めて歩いても
いつまでも返しきれない
親からの借金のことが気になって
求めきれずにつまずいているのだ
萩原よ
朔太郎よ
あなたの口語の
流暢な響きを裂きながら
俺はどもる
口語でどもる
(それしか出来ないのだ)
それから
回る
青ざめた猫のように
よたよたと歩きながら
回って明日一日の
憂愁を予見する
また桜の花が咲く
だがそんなことにはかまわない
あなたもかまいはしなかっただろう
萩原よ
朔太郎よ
病んでいることが違法であるような世界で
俺はあなたを思い出している
ぶざまな口語で
わめき散らしながら
性のせんちめんたるの中で
ますます陰惨に老いていくのだ
萩原よ
朔太郎よ
あなたが住む地面の底で
俺の病気の顔はどんなふうに見えるか
それはどんな恐怖に歪んでいるか

回る
うすよごれた詩人のように
さまよいながら
回って戻って
あなたの代から連綿とつづく
病を舐める



(注)二〇行目のオノマトペは「遺伝」から。四八行目の「性のせんちめんたる」は「感傷の手」からそれぞれ引用。他にも萩原朔太郎作品のタイトル等を借用した部分あり。



(二〇〇七年四月)


自由詩 萩原朔太郎を喚び出す詩 Copyright 岡部淳太郎 2007-04-16 19:52:21
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