現象でしかないひかり
水町綜助

頭の中につまっているよ
つららのように出来たんだろうねこの
目にうつるものたち
首の後ろがちりちりしてるんだ
太陽にあきらかにされた
急勾配の斜面の野原を
こわれかけているしずくがたくさん
すべり落ちていくのがみえる
口々に呟きながら
形をゆがめながら
飲み込むことはできない
煮えたぎってるから
おちておちて
ただ鎖骨のくぼみに溜まっていくだろう

夜をむかえ 灰色の 電話帳に沈む
めくり続け めくり続け
ひとつ
果物屋の電話番号をメモして
翌朝十時にかけてみる
ワンコールも終わらないうちに店員が電話に出たので
「早いですね」と言ってしまった
それには何も答えられず
お見舞い用のリンゴとグレープフルーツを注文
午後にとりに行くと伝えたがまた後日にした
と、これはうそ

詰まっているものがどうにもじゃましている

   *

あくびを一つ
右耳が通った
電車でトンネルを抜けた後によくあるあれだ
あれが治った
頭はまだ重い

どうすればいいんですか?
と、自分に問うてみる

沈黙

あたりまえだ

   *

ごご

十九歳だった

久しぶりに自転車を漕いでいて
四月の薄暮をかき混ぜながら
頭の中に投げてみる

そのときもこんな状態だった
もっと重たかったと思うのは
単なる美化だろうか

一年間という時間の上に
自分が寝そべっていた
夏ごろにのっぺりと溶け始めたそれは
時間のきめ細やかな肌にしみて
秋が来て冬が来て
寒くなって固まってしまった
春が来ても溶けなかった

夏が来ても

   *

あぶら蝉が鳴いていた
じりじりとうるさかった

   *

とある夜
環状線とは名ばかりの道路を
走っていた
町外れにまで車輪は転がり
信号は黄から赤へ
シフトダウンして
GS750Gってクソ重たい単車で
4、3、2、
がおんがおんがおんうう
じんじんしてる
じんじんときこえる
アイドリングよりうるさいよなんだ
蝉か
あれは

森か

深夜二時過ぎの森の黒い輪郭が
曇った夜の空よりも黒くて
狂ったように鳴きじゃくるあぶら蝉の声が
森をどんどん膨らませて振動していた
赤黒い光のようなものが
森を膨張させていたように思う
ぼく以外誰もいない道路は
とても蒸し暑く
ふくれあがりつづける声が
もうすぐそばまで迫ってきているような気がして
ぼくは恐ろしくなり
信号が変わるのを待たずに走り出した
ヘルメットの中でごくりと息を飲み込んだ

   *

左耳が通った

   *

翌日

ぼくは現象でしかないひかりをみた

喫茶店の中で
エプロンをしたきみが
カップを割って
口をあけたまま
叱られていた
もう何個めか
知れないのだと
白いきみは
窓からの強すぎる西日に
もう真っ黒にくりぬかれていて
頬の産毛だけが金色だった
うつろな目は鳶色で
やはり口はひらかれていた

それはついにとじられることがなかった

きみにはわかんないんだね
おれもわかんないよ

太陽にあきらかにされて
それでなにがみえる

みえたのは
不均等ないのちと
よるのくらさだ

かなしみもよくみえない
まだら色に曇ってる
ひと掬いして
飲んでも
治らない
熱がある

   *

ひかりにひかれぼくは

なんとなく上に持ち上げられる

ほんとうに

なんとなくだ

それは

なにかをいいかけて

やめて

やっぱりいおうとして

やめる


それくらい

なんとなくだ





















自由詩 現象でしかないひかり Copyright 水町綜助 2007-04-16 01:08:41
notebook Home 戻る