老詩人
楢山孝介
アルルの丘でゴッホとゴーギャンが相撲を取り
圧勝したゴーギャンが呵々大笑する
電車を待つ間、そんな詩を手帖に書いていた老詩人は
だんだんとゴッホが可哀想になってきたので
それまで書いてきた十四行に大きく×をつけた
プラットフォームに大量に並べられたベンチでは
酒を飲んだり反吐を吐いたり詩を書いたり
抱き合ったり小突きあったりしている人たちがいる
駅の清掃員たちはベンチを憎んでいる
老詩人が新たに書いた詩は
ゴッホとゴーギャンが将棋を指し
基本的なルールすら知らないゴーギャンに
ゴッホが大勝するという内容だった
老詩人はその上にも大きく×をつけた
片耳がよく聞こえなくなってから
老詩人はゴッホのことばかり書き続けている
しかし彼はまだ一度も
本物のゴッホの絵を見たことがない
ゴーギャンの描くタヒチの女性は愛している
老詩人も酔っぱらいもカップルも終電も去った
真夜中のプラットフォームのベンチには
ゴッホとゴーギャンが現れて
詩に書かれた通りに相撲をとったり将棋を指したりする
最終の見回りに来た清掃員はもう慣れたもので
彼らがゴッホとゴーギャンであると分かっていながら
ホウキで二人を追い散らす
未完成の詩の中から出てきた出来損ないの二人は
清掃員にぺこぺこ頭を下げながら
空に浮かぶ大きな×に吸い込まれていく
その頃老詩人は何も知らずに
布団の中で夢を見ている
懲りもせずに夢の中でまで
ゴッホとゴーギャンにフィギュアスケートを滑らせて
それを見てにやけた笑顔を浮かべながら
すうすうと眠りこけている