闘争への序曲
黒猫館館長
暗黒の司祭たちが黒い法衣を垂れ、
死んだはずの神の声が鈍く響く白夜の時代、
そんな時代がいままた再び到来しようとしている。
人々は生殖を強制され、
ただひとつの神の声によってコントロールされる、
そんな時代だ。
そこでは正義よりも善が、
意志よりも本能が大いなる価値として君臨する。
割礼の黒い血が大地を濡らし、
そこから生み出されてゆく無数の嬰児。
生暖かい生命の香りにむせび哭く嬰児たちの叫びを聞け!
それはあたかも父の父たる神を祝福するコーラスのようだ。
「主よ。
その御名によって、
われとわが家族を祝福し、
とこしえの命たる
天上の永遠の生命をわれらに与えたまえ。
アーメン。」
異端審問と賛美歌の狭間で鉄の処女の扉が開く。
今また暗黒の中世が帰ってくるのだ。
暗い雨の降る日曜日の午後。
友よ。
わたしはたったひとりで貴方への手紙をつづる。
「友よ。
希望などないのだ。
それはかって神と共に死んだ。
もし、
万が一、
希望なるものが見出されるとしたら、
それは死んだ筈の神の亡霊との終わりなき戦いの裡に、
電光のように、稲妻のように、
光っては消えてゆく一瞬の花火のごときものとして存在する。
友よ。
貴方も私もいつかは神の亡霊を祭祀する、
暗黒の司祭たちの手によって、
最も残虐な方法で処刑されるだろう。
それは絶望だ。
しかし悲しまないでほしい。
絶望と引き換えに確かに「正義」が貴方の心に存在していることを、
貴方自身が最も良く知っているはずだ。
「正義」は断固として存在する。
それは神の裡にも、
人間の本性の裡にも無い。
ただ孤立無援を余儀なくされた戦いとしての人間の生の中に、
見出されるものなのだ。
絶望してもなお、余りあるものがある。
それが私と貴方の黙契としての「正義」なのだ。
黄昏時。
貴方への手紙を綴り終えたわたしは、
そっと窓の外に視線を移す。
今は初夏。
遠い祭囃と共に花火が打ち上げられる。
そしてそよ風のように新しい時代を戦うであろう子どもたちの笑い声が、
このほのくらい部屋に運ばれてくる。
子どもたちよ。
戦いの裡に青春を送るであろう子どもたちよ。
わたしの屍を超えてゆけ。
たとえ一度は敗れようと、
再び、否、何度でも立ち上がり、
この世の果てまでも、
転戦に転戦を重ね、
あの黒い法衣を着た司祭たちと戦え。
できる。
おまえたちならできるだろう。
必ず。
そして夜が来た。
旅立ちの朝は早い。
わたしにとっての最後の闘いを闘うため
、わたしは明日の朝、出立する。
さらば、わが友。