消音現象
楢山孝介

数年振りに故郷の町を歩いた
懐かしい町並みは記憶の中にしか残っておらず
どこもかしこも小綺麗になっていた
野良犬は一匹も見あたらなかった
私のかつて住んでいた土地
私が町を出ていった当時
焼け跡になっていた土地には
真新しい五階建てのマンションが建っていた

いまだに町にしがみついている知り合いなど
もうほとんどいないはずなのに
すれ違う人達皆が知った顔に見えた
向こうもこちらを知った顔のように見てきた

変わったのは町だけではない
私のまぶたは一重から二重になり
顔色は赤黒くなり
眼窩は落ちくぼみ
髪の半分は白髪になった
誰が見ても気付くはずはない
誰の目にも気付かれたくはない

それでも、こちらを訝るように見る目がある
私の名前を呼んでくる者もいる
古い渾名を搾り出して呼びかけて来る者さえいる
何事かを憤りながら糾弾してくる者もいる
それは昔の私に向けられた言葉だ
危なっかしくて弱くて少し頭が足りなくて
それでいて純粋だった頃の私に向けられた言葉だ
薄汚れて醜い今の私とはかけ離れた言葉だ
私は気付かない振りをする
私は何も聞こえない振りをする
私はそこにいない振りをする

数年振りに故郷の町を歩いた
故郷の町並みはすっかり変わってしまっていて
見知らぬ建物が林立している
聞いたことのない言葉が飛び交っている
次第に私は歩く速度を速める
私の耳にはどんな音も届かなくなる


自由詩 消音現象 Copyright 楢山孝介 2007-04-14 11:09:22
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