無知の出立
なかがわひろか
息子が戦場へと行く
それを彼の父親と祖父が見送る
私はどうして息子が戦場に行くのかを知らない
私は何度も自問する
なぜ息子は戦場へ行かねばならない
なぜそのことを私は知らない
息子は父親と祖父に向かって
もう随分慣れた素振りで
敬礼する
父親と祖父は
近所の人々と共に
万歳を繰り返す
私は何度も自問する
どうして、どうして、どうして
私だけが何も知らない
息子は私の中で育ち
美しく整ったその顔の
愛くるしいまでの口で
この世に己の存在を主張する大声を響かせてから
ずっとずっと
私の側にいたはずなのに
どうして私だけが何も知らない
父親も祖父も
まるで私に気づかない
近所の人も
ただ惰性的に万歳を繰り返すばかり
私は隣にいる
無表情にその光景を見つめる紳士に問いかける
どうして私だけが何も
知らなかったのか
どうして、どうして、どうして
あんた死んでるからだよ
紳士は笑ってそう言った
(「無知の出立」)