品川駅PM7:03
シリ・カゲル
品川駅のスターバックスコーヒーからは
高輪口と港南口を結ぶ中央コンコースを
本当にたくさんの人たちが
サーモンピンクとライムグリーンに色分けされて
指定された方向に運ばれていくのが見下ろせて
これはもう、歴史の教科書にも載っていることだけれど
フォード式大量生産の原点は品川駅にあるのだ
その日、書架の中から選ばれた栄誉ある一冊は
くたびれたレイモンド・チャンドラーで
僕はカフェアメリカーノでも頼めばいいのに
いつもの調子でキャラメルマキアートを頼んじゃって
頭の中のフィリップ・マーロウの吹き替えは
なぜか早朝の別所哲也が担当していた
塗り分けられた人たちは
自分が何色組なのかには気づきもしないで
なかには、今まさに
塗料を吹き付けられている人に接近しすぎて
割り当てられた自分の基本色の上に
他方の色でしみをつくってしまう人もいたが
そういう人は賞味期限が来る前にはきちんと処分されるのだった
この世には完璧なシステムが存在するのだ
いや、完璧なシステムなど存在しないよ
それがなければ儲からない人がいる以上
どんなシステムにも、あらかじめ致命的欠陥が組み込まれている
いいかい、それは例えば、あの小学生だ
まだあどけない顔をしたその小学生は
真新しい紺色のランドセルを背負い
あいかわらず塗り分けられていく人波を
くぐり抜けるように進んでいくと
ちょうどコンコースの中央で座り込み
漢字練習帳を広げて書き取りを始めたのだった
座り込んだ小学生を遠巻きにしながら進む
ピンクのサーモンに指定された人たちが一瞥をくれる
続いてライムのグリーンに認定された人たちが
同じように困惑の表情を浮かべる
彼らのうちの何人かは
もう管理者に通報を済ませたのかもしれない
これは手遅れになる前に、どうにかしたほうが良さそうだな
僕がカップに残ったキャラメルマキアートを飲み干し
文庫本をしまって席を立とうとした、その時
港南口の方から颯爽と現れたのは東京の大鷲で
真新しいランドセルが
そのクレーンのような鋭いかぎ爪に力強く掴まれると
小学生の身柄は紺色の軌跡を残して高輪口の方へと消えていった。