春にうまれたあなたのこと
藤丘 香子
ある日
贈り物をしようと出掛けた
セーターを買いに行き
サイズを聞かれた
わたしは答えられない
靴屋に行き
やはりサイズを聞かれ
答えられない
ネクタイを買いに行って
好みの色が分からない
何てこと
あなたのことをあまり
知らない
春にうまれたあなたに
贈り物をしたくて
秋の中をうろうろし
途方にくれて
繁華街にある小さな森のベンチに
うつむいて座っていると
寂しさがこみあげてきた
わたしは涙を認め
愛しいと想うことのはじまりを理解した
枯葉と秋桜の中で
※
わたしは何冊かの書物を読み
何本かの映画を観て音楽を聴き
そして日記を綴り
気がつくとあなたのことを考えている
あなたが何も言わないのは
旅をしているからなのでありましょう
考えても考えても先へ進まない
わたしはちょうど
満ち潮でもがくオールなのでありましょう
しばらくのあいだ
魚になっているに限ります
でも
眠ってはいけない
泳ぎはからっきし下手で
きっと深く溺れてしまい
月夜の
青い砂浜に戻されてしまうから
※
冬支度が始まる
暖炉を磨きあげ
白樺を
少しばかり上手に焚けるという理由で
火の門番になってしまった
寒さは三日続いた
炎の形を知っていますか
誰かが孤独の形だと言っていたけれど
わたしには孔雀に見える
一羽であったり二羽であったりする
そうして
掴みどころのない寂しさの中で
窓硝子の向こうの
ペンタスに灯る星を見ている
※
三キロ先のチョコレート屋まで
犬のロビンと散歩をする
道々でわたしは顔見知りに会釈し
犬同士は
じゃれたりすましたりしている
秋を貫く両袖には楓が燃えて
その真ん中に続くなだらかな小径
わたしの足は
再び戻ってくる道にあり
新しい道の上にもあり
そうしてわたしもひと時
旅人の仲間入りをする
色付き始めた道しるべは
再生の種だ
それは季節のあちらこちらに散らばり
そのほとんどを見つけ出すことは
とびっきり難しい
あなたの車窓にも見えるだろうか
※
見覚えのある景色の中では
つま先が空を見る
遥かな空を見上げ計測してみる
あなたは遥かで
あなたは空で
あなたは春で
そうしてあなたは
いちばん近いところに
いちばん近いところに
つま先が空を向いている
※
林の中にも季節があり
気がつかない命の準備がある
そうして循環の中に秋があり
知っている温度があり
かつて耳を澄ましていた春がある
あなたは春にうまれ
わたしは秋にうまれ
季節の中で咲く花がある
花を咲かせる本当の意味を知る
という贅沢は
新たな空腹を生む
そうしてくりかえす営みの中で
時期に逆らわないことの全てと
知らないということに
気付いていくのかもしれない
わたしは秋の林を歩いている
贈り物はまだ届けられそうにもない
遥かな空
あなたは春にうまれた
この文書は以下の文書グループに登録されています。
■ 現代詩フォーラム詩集 2007 ■