中華屋喫茶室
猫のひたい撫でるたま子

中華屋喫茶室という店に来ている。窓から交差点が見渡せる席に着き、もう二時間が経っている。

大昔に恋人だった男から電話が入った。

きつねの嫁入りがあったので、瀬戸内の海辺にきている。せっかく来たのに雨が上がって晴れてしまい、時間が余っているから来ないかという。

そんなこといっても、私は根津の中華屋喫茶でキャメルを吸っているし、食べ終わって一時間半も経つのに追い出されないからここにいるつもりだと話す。

どうやら付き合っていた女子高生に振られたようだ。

制服が好きな訳じゃないんだ、ルーズソックスは嫌いじゃない、すれ違った彼女の細い首が気になって仕方ないから声をかけたらついてきてしまったから、一緒に暮らしていた。でも、1カ月が経って半年が経って、彼女の携帯電話が鳴って彼女が外に話しに出たまま、もう10日も帰ってこない。

学校もあまり行かないのに、いつも制服を着ていて、制服が好きなようだった。もしかしたら高校生ではなかったのかもしれない。顔は幼いのに、僕を君づけで呼ぶんだ。

大昔の恋人が話す電話くちで波の音が、ざざざんとゆった。

彼女はしてもしなくてもしてもいいくらい、細い細い指輪をしていた。

僕がちゃんと結婚指輪を買ってあげたら、居なくならなかったのかもしれない。

あんなに細い首で一人で生きてゆけるんだろうか、心配で心配で、きつねの嫁入りついでに海まで探しにきたけど彼女に似た女の子にしか逢えなくて、寂しくて海で少し泣いた。

もう帰ろうと思う。彼女のことは君にいくら話したところで、分からないだろう。

私が、そんな・・と言いかけたところで電話は切れてしまった。

もう何年も経っているのに、彼はまだ高校生が好きなんだ。私が恋人だったときも私は高校生だった。

もう話すこともないだろうから、彼の名前を携帯電話から削除した。

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彼は高校のそばのたこ焼き屋さんで働いていて、よく蛸を切るときに指まで切ってしまい、いつも指にバンソウコウを貼っていた。人相が悪く、売れない画家で、梅島でよくライブをしていた。確か、バンドの名前は「三つ子シタール」。下手くそなヴォーカルギターだった。一人暮らしなのにいつも実家で洗濯をしていた。発音が悪かった。何年もアディダスの緑色の靴を履いていた。歩くと体が左に曲がる人だった。私があげた最後のプレゼントもバンソウコウだった。

想像の限りノンフィクションです。


散文(批評随筆小説等) 中華屋喫茶室 Copyright 猫のひたい撫でるたま子 2007-04-09 18:25:16
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