タナトス
はじめ

 全身を駆け巡るこの得体の知れない衝動は何だ?
 体が熱い
 道路がビル群が無数の車の黄のヘッドライトと赤のバックライトの光の大河が視界に飛び込み映像が停止し幾つものトライアングルになって飛び散って砕け散る
 あぁ これは〈攻撃と死への欲動〉だ
 ぐん!! と全身が何かに引き寄せられる
 体が攻撃と死を欲しているのだ
 僕は夜のビルの屋上にいる
 白のTシャツと薄汚れたジーパンで
 強い風に吹かれて僕は中国のマフィアから買ったAMTが回ってきたんだなと感じた 君の後ろ姿が見える そして振り向いて笑顔で僕の名を呼ぶ声が聞こえる しかし全身を熱く衝動が行き来しているのは麻薬のせいではない 〈攻撃と死への欲動〉が僕の心臓の高鳴りを更に高くする
 冬だというのに白いワンピースの君は両手を挙げて階段を降りていく(僕だって冬なのにこの格好だ) 僕は両方の衝動に幸せを感じながらハハハ!! と不気味に(自分で不気味だと思う)笑って転がっている鉄パイプを拾って君を殺そうと思った と同時にここから飛び降りて車に轢かれてぐちゃぐちゃになりたい欲動が疼き始めた 僕は先回りする為 5階建てのビルから飛び降り 下の店終い直前の青果店のリンゴやレモンや蜜柑の中に墜落して果物をぐじゃぐじゃにした 右肩と肋骨と左足に激痛が走った 僕は痛みに涙を流しながらエヘヘ!! と笑っていた 君は物音に振り向いて一瞬立ち止まったが笑顔で笑って再び駆け出した 僕は「待てや コラァ!!」と血なまこになってキレているのか笑っているのか分からないまま ボロボロの体を起こし 君の後を追いかけていった
 人にぶつかっては喧嘩になりボコボコにして疾走し 滅茶苦茶にやられて血だらけになって倒れて動けなくなると君は立ち止まって笑顔で僕の名前を呼ぶ 人混みに包まれると四方八方から君の声が聞こえてきた 僕は発狂し 近くにあった消火栓に何度も頭を打ち付けて頭蓋骨に罅を入らせて出血多量で目が見えなくなった
 暗闇の中で僕は折れ曲がった鉄パイプを振り回し続けた ウフフ…と君の笑う声だけ聞こえる 僕は「殺す…殺す…殺す…」と何度も呟きながら 突然心の湖に芽生えた感情に〈攻撃と死への欲動〉が浸され 涙を流した
 〈君〉はもういなかったんだ 俺は何をやっているんだ
 しかしそれは一瞬のことで 再び心は〈攻撃と死への欲動〉に染まり突き動かされて 鉄パイプを自分の心臓に思いっ切り突き刺した どぱっ と血を吐き出す 血の闇の中で君の白い姿がぱっ と一瞬だけ映り 耳元で「さようなら」と言う声が聞こえた 僕はにんまり笑って 両膝を突き 夜空を仰ぎながら最後の力で鉄パイプを貫通させ その場に倒れた 君が何故死んだのか分からない


自由詩 タナトス Copyright はじめ 2007-04-09 03:06:15
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