馬鹿な風
楢山孝介

「悲しい」と女が言うので
僕が代わりにに泣いてやった

「故郷へ帰りたい」と女が言うので
僕が一人で女の実家を訪ねてやった

「子供を産みたい」と女が言うので
僕が代わりに産んでやった

「もう死にたい」と女が言うので
僕が代わりに死んでやった

「馬鹿ね」と女が言うので
僕は馬鹿な死体になった

「冗談はやめて」と女が言うので
僕は笑いながら生き返った

「ほんとに馬鹿ね」と女が言うので
僕は本当の馬鹿になった

「悲しいわ」と女は言ったが
僕は馬鹿なので泣けなかった

「さようなら」と女は言ったが
僕は馬鹿なので意味がわからなかった

女は去っていったが
僕は馬鹿なので歩き方を忘れていて
追いかけることが出来なかった

そうしてしばらくして僕はまた
馬鹿な死体になった

「冗談はやめて」と言ってくれる人がいないので
僕はずっとそのままでいるしかなくて
馬鹿な骨になった
馬鹿な塵になった
馬鹿な風になった

風になれたので女を探しに行こうと思ったが
馬鹿なので女の顔を忘れていた
女とは二度と会えなかった


自由詩 馬鹿な風 Copyright 楢山孝介 2007-04-09 01:06:05
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