「春のはじまりに」
ソティロ
「春のはじまりに」
春のはじまりに
ぼくらいい気になって
待ち合わせをして
薄着過ぎるままで
ふたりで桜めざした
*
始めのうちは
すこし肌寒いけど
これぐらいがいいねとか
風が気持ちいいねとか
言ってた
ひさしぶりの道で
新鮮な懐かしさを味わってた
しばらくして
その日は天気雨
ぽつぽつと疎ら
これぐらいなら平気だねとか
むしろ思いっきり浴びたいよとか
言ってた
花曇りと青空と
欲張って両方を味わってた
池のほとりで
桜を見ては
今年の桜はあまり奇麗に咲かなさそう
気が早いよまだ蕾みだらけだ
なんて言ってた
長いこと待った春を
のびのびと思うさま味わってた
*
水辺には何種類かの鳥が居て
遊歩道ではこどもがはしゃいでいた
なんならおじいちゃんもはしゃいでいた
もちろん犬も
そしてぼくらも
そろそろ寒くなってきたし帰ろうか
*
帰り道
何年ぶりかに通った道は
すぐに見知らぬ道になって
何個目かの曲がり角で
たぶん本当に知らない土地になった
戻ることもままならず
住宅街はひっそり静まりかえり
尋ねられる人もない
陽は傾きだした
風はぐんぐん冷える
春風の名残はあるのだろうが
いかんせんこの格好ではどうしようもない
おまけにまた雨がぽつぽつ降る
無言
*
こどもの頃に
迷子になったときの淋しさが
それぞれにふと蘇ったと思う
置き去りにされたような
それからおおきくなったのに
まだ手を繋げずにいる
ぼくらの情けなさ
ぼくの情けなさ
その時になってはじめて
守ろう
と思った
いったいいくつになったんだ
*
ぼくは顔を上げて背筋を伸ばし
ひだり手で
彼女のみぎ手を
掴もうと
した
ら
彼女のみぎ手が宙を舞う
あれ
あーっ、見てみて、ふたごビル。やっと帰れるね
あれ
ん?
あ、いや
ぼくはひだり手をポッケに仕舞った
雨は上がってた
*
春のはじまりに
ぼくはいい気になって