歌泥棒
楢山孝介


夜道を歩きながら歌を歌っていると
うろ覚えの歌の同じ箇所ばかりを歌っていると
家々の迷惑を考えて小声で歌っていると
歌を引き継ぐものがある
正しい歌詞で歌い継ぐものがある
玲瓏たる美声で歌い上げるものがある
声の出所は自分のすぐ後ろのようでもあり
道路脇の田畑の中からのようでもあり
柔らかな灯を外に向けてはみ出させている、
平和な家々のどれかからのようにも聞こえる
耳を澄ますほどに歌声は遠のき
やがて闇の中にかき消える

気のせいだと断じてまた歌い始めれば
別のうろ覚えの歌を歌い始めれば
耳元で大音声が響く
大晦日に響く第九の大合唱のようなそれは
歌を歌うならば正しく歌えと
歌を歌うならば大声で歌えと
憤りながら告げている
ならば、とそらで歌える
自らの青春の歌を
何百回と歌ってきた愛唱歌を
歌い上げてやるぞと息を吸い込んでも
口から漏れ出るのは嗚咽と溜め息ばかりで
かつてあれほど愛した歌の歌詞は出てこない

そのようにして歌泥棒は歌を奪う
奪った歌を朗々と歌いながら去っていく
大切な歌を奪い取られたものは
必死で聴きとろうと
歌声と歌詞を魂に刻み込ませようと
もう二度とぞんざいに歌は歌わないと誓いながら
去っていく歌声に耳を澄ますのだが
刻み込んだと思った歌を頭の中で鳴らしても
歌泥棒の笑い声が繰り返されるばかりなのだ


自由詩 歌泥棒 Copyright 楢山孝介 2007-04-07 11:34:07
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