さかな
芳賀梨花子

お台所で
平目は五枚に下ろすのよって
ちょっと得意げにしているわたしも
豆鯵は指でおろすの
ほら、こういうふうにって
えらのところに親指をねじ込んで
躊躇なくはらわたをひねくりだす
でも ちっとも残酷だなんて思わない
そんな運命が待っている豆鰺の大群を目の前にして
平然と大鍋にたぎった油を用意していている
こんなときが
しあわせってこういうことなのかな、なんて
聞かずにいられる唯一の時だったりして
いちいち確認しなくてはいけないってことは
どういうことなのか
傍らでお魚の行く末を案じている息子に聞くわけにもいかず
そうだよ、今夜の食卓はお魚の命と引き換えにある
受け止めるには まだ幼い息子を見ていると
ひいふうみいよおいつむうやあ
今日は何匹釣れるかなと聞くと
きっといい鱚がたくさん釣れるよ
もう夏だからねと答えてくれる祖父がいた
そう夏だ、夏だったんだ
だから、まいとし毎年この時分になると思い出す
あの頃は134号線なんて砂丘の中に埋もれていた
防砂林も今みたいに背が高くなくて
すべてが続いているそのさきに海があった
おじいちゃまは波打ち際の竿
向き合っているのはなんだったのかな
無心に投げている後姿に
声をかけることなんてできなかったな
子どもだからちっともわかっていなかったし
暮れかかる空が沖におちてゆく
西側の山際がおぼろげに
さよならを言うころまで
魚篭を高く持ちあげるのは合図
いぬっころみたいに砂丘を滑り降り急いで祖父のもとに
ひいふうみいよおいつむうやあ
大きな声で数えると
祖父の長い影は誇らしげに
お夕飯は、これを天ぷらにしていただこう
さぁ、おばあちゃまがおうちで待っているぞ
と歩き出す
追いかける歩幅の狭いわたし
ふたりともちょっと猫背
魚篭の中で命をおとしていく鱚のこと考える
ピカピカしていてきれいなのに
人間って残酷、残酷だわって
お勝手口でなきじゃくって祖父を困らせるくせに
食卓では美味しい美味しいって
無邪気ということはこういうことなのねって
そういえば祖母が笑っていたっけ
危ないからそばに来ないでって
お魚の行く末ばかり気にしている息子をたしなめる
揚げたての鰺をお酢に浸せば
じゅっと勢いよく断末魔の悲鳴をあげる
わたしのしあわせとは裏腹に



自由詩 さかな Copyright 芳賀梨花子 2007-04-06 11:11:06
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