ラストシーン
んなこたーない
1
そのときぼくは、病室の硝子窓に額を強く押しつけていた。
室内はとても清潔だった。舌を噛み、顰め面を浮かべたぼくは、
見知らぬ突然の抱擁のように、背後の扉をノックする、
<ラストシーン>について考えていた。
2
笑っている男の人たち、踊っている女の人たち。
薔薇の刺青と塩辛い口づけ。空腹の皿。洗いたての虫歯。
犬が吠え、夜はマヨネーズを排泄する。
退屈な灰のシガレット。青い煙りが辺りにたちこめ、
誘惑のスポットライトが別れのハーバーライトと交差する。
黒い手袋のピアノ弾奏。ハードバップのトイレットペーパー。
狂気の表情の天使たち。飛び散る汗を光らせて、この呪われた夜を祝福する。
一日12時間の労働。盲目の豚。足を踏み鳴らす。咽喉を掻き切る。
そして、ふいに泣き崩れるだろう。
<ああ、最後にこそ打ち鳴らされるべき、シンバルへの力強い一撃! >
3
墓地は港を見下ろすゆるやかな斜面にそって広がり、
視野は歪んだ水平線上で途絶えている。
この爽快な展望を前にして、どうして君は涙ぐむのか。
「もう君は、人の手を通じて物事を受け取ったり、
あるいは死者の眼を通して見たり、書物の亡霊を糧にしたりしてはいけない」
そうだ、いくつもの運命が、いくつもの顔の上を横切り、
こうしていくつもの墓碑銘の下、たったひとつの決着をつけるのだ。
花束のないラストシーン。雨の降らないエピローグ。
君とぼくの25年。あるいは、ぼくらの25年。
スーツの襟に花を挿し、敬礼の姿勢を保ちながら、
ひとり墓地に佇んだぼくは、そのときも<ラストシーン>について考えていた。
「頬の花束は船出する」