武士のきもち
佐野権太

帰宅ラッシュだった
階段で圧力に耐えかね
ひょろ長い女の背を
あわあわと胸で押してしまった

(押すなよおっさん!

おっさんではない
武士である



法度はっとに触れるので
刀は持ち合わせておらぬが
世が世なら
斬り捨てられておるぞ、
おぬし

カツカツと歩く背中
ブロック塀に泥団子を投げつける
きもち
指先は反らせて、回転をつける
きもち
くだけた残骸を
こんもり残して
どこまでも突き抜けていく
当たった場所のすべてが的だ
(BINGO!



停車場は日暮れていた
おれんじ色の猫が一匹
首をまわして
後肢を丁寧に舐め上げている
ちぃー、ちぃーと呼んでみる

まるで振り向かない
ふところに温めておいたカレーぱんを
ちぎってくれてやる

去っていった
匂いも嗅がずにだ
都会のちりと化した、ぱん屑が
ぽつん
こんがり焼かれている

あんだーすろー
平たい石を
あんだーすろー
着水してホップする
きもち
ねばって、ねばって、波紋
ななつ!



気を取り直して
暖かそうなベンチに座る
カレーぱんをひとくち
かじ
もうひとくち
齧る
口の中に
懐かしい母の味が広がっ、、、
ない!
母が   いない!
袋を確認すると
カレー風味ぱん、とある
確かに、
というか
商品として成立しているのかっ
本当にそれでいいのか、パン職人!

いつから世の中は
こんな、ふにふにした物体に
なりさがってしまったのか

すっ と立ち上がり
でかい夕日と立ち合う
上段に構え、心気を澄ませる
焼かれるわけには、いかない
きえぃ!
袈裟掛けさがけに両断する
きもち
きんいろのほとばしる
きもち

また、
つまらぬものを斬ってしまった


自由詩 武士のきもち Copyright 佐野権太 2007-04-05 10:12:18
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武士道