いつかブッダになれたら
はじめ
幻聴 それは孤独な僕には良き話し相手さ
灰色の荒野には凍り付いた骸が地平線の向こうまで続いている
僕はその真ん中に胡座をかき 両手を合わせて宇宙から風に乗ってやって来る煩悩を心に取り入れている 修行の為だ どんな煩悩でも構わない
疲れ過ぎている為か 幻聴が多く聞こえる 悪魔の誘惑の声だ 煩悩が悪魔自身なのだ 悪魔は延々と戦争によって犠牲になった君の声で淫らな言葉を吐き出し続ける 僕はその一つ一つを真に受けていく しかし幻聴の魔力で筋肉を硬直させられこの世のものとは思えない絶望を味あわせられる 僕はそれは妹のせいだと思わない しかし君の煩悩がそうさせているわけで実際には振り切らなきゃかき消さなきゃいけない だが僕はそうしない
僕は座禅を崩し 冷たい蒼の骸の上に倒れる 絶望が巨大な大波となって僕を丸ごと飲み込み捻り千切ろうとしている
硬直が収まってきて僕は君の一方的な終わりの無い言葉を語り続ける 僕は心の中でそれの受け答えをする やがて回復し 君の声が聞こえなくなる
再び座禅を組み 喉の渇きを覚えた頃 豪雨がこの一帯を激しく打ち続けた 僕は天の恵みだと理解し 体の潤いを取り戻す
凍える冬空に古の英雄達が光の糸で姿を現した満天の下 僕は涙を流しながら座禅を中断し 誰とも分からない髑髏の頭を撫で君のものと思い この空に流れ星が流れるのを待った その景色は壮大で 旅歩いてきた人々にとっては仏の再来と拝まられた
煩悩も幻聴も無くなった頃 僕の心は涅槃に達しようとしていた 全身が朧月のようにぼぉっと光って あらゆる雑念や煩悩や幻聴は自分の自我が生み出したものであるとようやく気付いた 僕はゆっくりと瞳を開けると 遠く向こうに季節外れの葉をつけた菩提樹が立っており 絹の衣を纏った君がいた
僕は意識と無意識の間でゆっくりと微笑み 菩提樹と君がゆっくりと近づいてくるのが見えた 僕は立ち上がって間近まで来るのを見ると 菩提樹に手をかけ君にキスをした その瞬間 全ての星が僕達の下に降り注いできて僕はついに悟った 蕾を開けかけていた世界が花弁を開き 光を上空の彼方へと放っていた