濡れたトイレットペーパー
チグトセ
例えば
用を足していて
済み
尻を拭おうとして
トイレットペーパーを
力任せに引っ張ると
安っぽい
「トイレットペーパーを支えてるやつ」は
その安っぽさをいかんなく発揮して
芯の部分が高速回転を起こして
紙は千切れずどこまでも巻き取られ
そのうち僕の中の
何かの境界を越し
ついに
滑稽な茶色い芯が見え
床には大量の薄っぺらい紙が
くねくねと横たわっている
ぼんやりと
その脱力したようなくねくねを見ていたら
ふと
こいつらはいったい何のためにトイレットペーパーにされたんだろうと思い
ふと
あの牛は何のために食肉にされたんだろうと思い
だってあの牛は
もっと草を食べたかったかもしれない
食べていたかったかもしれない
草を美味しいと思っていたかもしれない
美味しくて
本当に美味しくて幸せだったかもしれない
そういうふうに悟っていたかもしれない
牛は
明日はもう草を食べられないんだという事実を
聞かされたとき
すごくきっとどきどきした
何を
どの草を食べよう?
どの草を食べたらちゃんと幸せになれるだろう?
ああ、幸せだ。
って今までのどの幸せよりも最後だから
素敵で
だからそんな、
何を
食べたんだろう
ちゃんと食べたかな
結局迷って決められなくって
食べられなかったなんてことが
どうか、ありませんように
何故、泣くほど幸せなんだろう
だってそんなの、急には考えつかないじゃない……
僕は
このトイレットペーパーをどうしようと思い
急いで巻き直して元に戻そうと思い
けれども雫が滴って
復元を邪魔するので
顔をそむけながら
できる限りちゃんと
巻いて、元に戻そうとした
でもやっぱり
トイレットペーパーは端に絡まって
詰まり
元には戻らなかった
狭い部屋の中で僕は土下座をして謝った
僕に水滴を落とされたトイレットペーパーは
ふわり、と膨らみ
そこに
火山のようなしわができた