「 春からぼくは、 」
PULL.
一。
この春から、
駅の売店で働いている。
駅は人通りが多く、
適度に乱雑で、
我々が潜入するには最適の場所だと、
新人研修で総統が言っていた。
総統は、
隣町の小さい駅で、
ひとり駅長をやっている。
よく通る声が、
付近の住民の方々にも好評の、
町の名物駅長なのだと、
先輩が教えてくれた。
二。
朝のラッシュは忙しい。
殺到してくるお客さまを、
ひとりひとり捌いてゆくのは、
まだ慣れない。
失敗も多い。
先輩のようになるには、
頑張らなければならない。
もっと、
もっと!。
三。
結社規則第十三条より、
一部抜粋。
「お客さまは、
きちんとひとりひとり、
お客さまの手と顔を見て、
それを覚え、
丁重に対応する。
お客さまは、
ひとりひとりが特別なお客さまであり、
決して顔のない、
ただの大勢のお客さまのひとりであってはならない。
それはひいては、
我々の活動の基盤にもなる、
大切なもてなしのこころである。」
四。
ラッシュが終わると、
この駅は少し暇になる。
それを見計らい、
ぼくらは活動する。
人目を忍び、
誰にも見られず聞かれず、
頼まれず。
ぼくらは密かに活動している。
先輩は、
この瞬間が快感だと、
いつも言っている。
五。
「今この場所でこの瞬間で、
あたしは確かに生きている。
その実感のために、
あたしは生まれてきて、
ここにいて、
あたしでいるの。
そうじゃないあたしなんて、
もう死んだも同然。
…だったのよ。」
六。
夕方になると、
ぼくらのシフトは終わる。
先輩はてきぱきと、
今日の情報をまとめ本部に転送する。
隣町の本部には、
各支部からの毎日の情報が、
すべて送られている。
それを副総統が精査し分析し、
綿密に計画を練り上げた後、
ぼくたちに指令が下る。
副総統の指令はいつも的確で、
一切の無駄というものがない。
七。
「副総統は家でもベッドでも、
ああなのだ。
いつも指令する。
しかもだ。
一切の無駄がない。
脇の下の贅肉もない。
わしは彼女のそういうところに惚れて、
世界征服を企んだのだよ。
それで、
わしと副総統とのなれそめは、
もう話したかのぅ〜?。
わしと付き合う前、
あの女にはもう付き合ってる男がおった!。
それーもぉー。
よりにもよって、
当時のわしの宿敵のじゃよ。
わしはたたかった。
戦って!闘って!たたかった!。
そしてわしはぁ。
わしはぁ彼女のこころを、
わしに振り向かせたのじゃ!。
聞いとるかね、
きみぃ。
なんだきみ全然飲んでおらんじゃないか。
今日はぁー、
わーしのおごりじゃよーぅ。
飲むんじゃ飲むんじゃ。
副総統に内緒で買った株券が、
この間大当たりしてな。
もちろんすぐに副総統にばれて、
わしは大目玉を喰らったのじゃが…。
それで毎月のお小遣いが少し増えたのだ!。
わしはあの金で、
副総統と旅行に行こうと、
思うておる。
それでいつかわしの領土となる国々を、
副総統とふたりでゆっくり、
見聞して回るのじゃ。
いいか、
これは内緒だぞ。
絶対だぞ。
これはわしたちがふたりでゆく、
はじめての旅行で、
彼女とわしとの、
新婚旅行なのだからな。
ふふふ。
知ったときの、
副総統の顔が見物じゃよ。
副総統は怒ったときと、
驚いたときの顔が、
いーちばん、
きれいなんじゃ。
おや、
もうつぶれたのかね。
最近の若いもんは、
酒に弱いのう。
そんなもんじゃまだまだ、
好きな女は口説けんぞ。」
八。
総統の酒癖が悪いのは、
先輩に聞いて知ってはいたが、
まさかあれほどとは思わなかった。
想定外だった。
夕べは途中から、
ほとんど記憶がない。
総統と副総統とのなれそめ話までは、
なんとか覚えているのだけど…。
何か重要な秘密を、
話されて、
それを、
忘れているような気がする。
なんだったけ?。
最後に、
酔いつぶれて歩けなくなったぼくを、
車で部屋まで送ってくれた、
あの女性。
あれは誰だったのだろう。
今まで見たことないぐらい、
びっくりするぐらい、
とてもきれいな、
ひとだった。
九。
今朝からずーーーっと、
先輩がぼくに冷たい。
夕べ総統とふたりで飲んだのが、
気に入らないのだ。
「どうして一言、
先輩も誘ってみませんかって、
総統に言わなかったのよ。
もうあんたって、
ホント気が利かないんだから。」
「言いましたよ。
でも総統が、
今夜は男同士で飲もうって、
どうしてもって…。」
「そ・こ・を、
なんとか言いくるめるのが、
下っ端のあんたの役目でしょ!。」
「すみません。」
「もういいわよ。
それで、
どんな話をしたの?。
総統はどんなお話しをして下さったの?。
まさかあんた、
覚えてないって言うんじゃ、
ないでしょうねぇ。」
「それがその…。」
「それがそのなによ。」
「総統と副総統のなれそめ話を。」
「ばか!もう知らない!。」
先輩は、
総統に憧れている。
いつか総統のように素敵な人と出逢い、
情熱的な恋愛の果てに、
衝撃的に結婚したい。
そう思って想っていると、
酔うといつもぼくに聞かせる。
ぼくは…。
ぼくは先輩に憧れている。
いつか総統のような男になって、
先輩に認められて、
そして先輩と、
ぼくは、
十。
こんな人生も悪くない。
とりあえず今はそう思ってる。
いずれどこかの暇なヒーロがやって来て、
ぼくらをやっつける。
その時まで、
なのかも知れないけれど。
それでもいい。
ぼくはここにいて、
先輩の側にいて、
先輩を感じて、
生きている。
まいにち、
毎日を。
ぼくは幸せだ。
ぼくはあの日まで、
一秒たりとも生きていなかった。
あの日あの時、
先輩に出逢うまでは。
十一。
あの日、
ぼくの人生は百八十度変わった。
基地の監視モニター映る先輩の姿に、
ぼくの目は、
釘付けになった。
恋だった。
はじめての恋だった。
そして、
ぼくはヘルメットを脱ぎ、
ベルトを捨て、
正義を捨てた。
了。