春の距離
Rin.
あなたを通り過ぎた風は
凪いで
睫の高さで追いかけていた
ニ歩先の肩甲骨と
くしゅん、と鳴った鼻
とのあいだに、置いていった
指先にのせて飛ばした
内緒のくちづけの形をした
ふわり「、さくらひとひら
それから半透明の光色の
季節の匂い
急に立ち止まるようなそぶりで
伸びをする野良猫も
幹のかげも
赤信号も、わたしが
言いかけて飲み込んだ言葉も
側溝も着信音も、
あなたは軽やかにかわしてしまうから
睫の高さで追いかけていた肩甲骨に
くしゅん、と鳴る鼻がぶつかって
風が置いていった匂いと
同じ光を感じた
春は、あなたに似ている
曲がっても折れない枝垂桜の糸
いつも眩しそうに空を仰いでいる
昼下がりの文字盤
わずかに冷たさが残っていても、
全身で感じたい風
花をさらってしまう心
あなたは、春に似ている
振り向いたあなたが
また歩き始めて
わたしもまた、歩き始める
あなたが幹のかげをかわしたように
あなたのかげを踏まないように
かわしながら
太陽が傾いた分だけ
さっきよりすこし
離れたところを歩き始める