「あちらこちらで」
プテラノドン

亡霊を手に指揮棒を振るう老人の
ずれ落ちた眼鏡に映っていた。
風が鳥を離さないと同様に、鳥もまた
風から離れようとしなかった。
「魂のつがい」と題された音楽が聞こえた。
風の鳴らすシンバルとともに
はじまった。

 リズム、リズム
 サンチマンタリスム
 はやく、はやく
 安全な場所に
 閉じなくちゃ、閉じなくちゃ
 棺桶を

アプリオリ。魂の復活。或いは、魂の笑う頃。
散ること、舞うこと、手短に―流れること
11月の秋は去り行くことに忙しいかった。

立ち止まる足―

 磨かれたエナメル靴と鳩の糞。
 金色の河辺に浸した裸足の片足。
 酒場のテーブルに放り上げられた、
 ピアノのボリュームをあげるための片足。

町は静かだった。真夜中だから。
錆付いた老人の足元では、観光客が残していった
異国のコインが見ようによっては―財宝や財産という
意味ではなく、それさえもが芸術作品の一部として、
一時も眠らずに輝いている。僕はそのコインのなかの、
いくつかの国を知っていた。知っていると言っても、
挨拶を交わせる程度の知識だけだが、挨拶なくして
文明は始まらない。どんなに血生臭い文明でも。
喜ばしい文明もしかり。そして、これまで
或いはこれからも、コインを盗もうとする者は
一人もいなかったけれど僕もまた、想像力の一点では
眠らずに見張っていた。だからよく分かる。
誰もが心の中ではコインを独り占めしていたことを。
かねてから目に焼きつかぜた希望のために。
満たすべき欲望のために。ささげる愛のために。
場合によっては、それだけあれば世界一周旅行も
叶ったはず―少なくとも、行き当たりばったりで
当てずっぽうな小旅行へとでかけるくらいは
なんて、満足いかないユーモアを殺さぬために。
そして気が変になった君が、キャリーケースに
酔っ払うまでコインを飲み込ませ空港に立ったあかつきには
忠告することがある。向こうでうまくやるためには
挨拶はもちろんのこと、とにもかくにも
見届けることが大事だということ。
その土地に漂う、絶対致死の、ありふれた匿名の、
モザイク模様の、土地を駆け巡る
取り締まり不可能な車の両輪のなすための、
もう片方の車輪である存在を、見るだけ見ることを。
それは決して触れ合うことなきパートナー。
とるにたらない思い出とか、たとえ誰かにとっては
真実かもしれないが、対象によっては、
単なる事実にしかならない。それでいて
君にふりかかりもする、活字になりもしない
ひっこんだ歴史の事の顛末を、目くじらを立てずに見届けることが。
そのあとで、(囁き声で)あちらこちらで語られる
持ち運びしやすいように細分化された歯車を
(時間ももれなく)どこかに記しておくこと。のみならず、
タクシーの運転手や、酒場か何処かで知り合った
酔っ払った連中がいう馬鹿げた口車にも乗ってやること、
それを君が望む相手にカフェかラウンジで伝えること。
これらを含めた数々の断片のなかにも、そしらぬ顔の
異国のコインがあること。そしてコインの形をした
自分自身に触れること。そこにはいくらか垢が
たまっているだろうから。


自由詩 「あちらこちらで」 Copyright プテラノドン 2007-04-01 02:06:30
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