家族
健
※
鍵を開け部屋に入ると
夕暮れが横たわっていた
ただいまを
告げることができずに
カーテンを閉めてしまう僕は
そうして一日が終わることを確かめる
※
母さんが壊れてしまってから
父さんは夕飯前に帰るようになった
二時間半の空白が
今どこで息をしているのか
逃げてきた僕は知らない
※
ひたすら睨んでしまう天井に
古びた映像が次々と浮かんで
消えることなく濁って行った
一人の部屋の中
叫び声が遠くから聞こえる
そんな気が している
※
思い出したようにメールが届いて
そこには何も書かれていない
姉弟という役割があって
ただ僕たちは顔だけが似ている
わからないということを 必死で伝えあうために
※
小さい頃の記憶は
ひどく曖昧で
写真のように散らばっていた
それは僕のものではなく
語ってくれた誰かのものなのだろう
壊れるのが
少し怖い
※
親
子供
結婚した人
友達らしき人
医者
警察官
消防隊員
悪魔
神様
昔の自分
理想の自分
本当の自分
どこかに行った自分
※
同じと名付けられた空の下
人ごみに紛れて
手をつないだ気になって歩く
誰かが立ち止まったなら
きっと気づかずに離れていく
一人では生きられない暮らしの中で
僕たちはどうしようもなく他人だった
※
違和感で薄まっていく日々に
ゆっくりと
悲鳴が遠ざかる
いつかはその色さえも
わからなくなるのだろう
一人夕暮れる部屋の中
行く当ての無い
おかえり
が反響している