故郷における影
こしごえ

かえるところがあるのならば、それでいい)


   お葬式

カラスが黒く はばたいて
おひとりですか、と
月へ笑う
いいえ
あたしは迷子です、と
黒く燃える
火へ手紙を焼べた
煙が空へのぼるとき
お墓でつぶやく
みなしごの涙

((忘れられぬ風光の記憶に立つと
まちの喧騒は静寂に分解されて
わたくしの影が流例と交信を始める)もし
もし
生まれてこなかったならば
わたくしはここにはいられない
雲を仰ぐ


   やかん

ちちりちん。
もんくもいわず
湯をわかす
かしこまりました、と
あついいぶくろでねんぶつをとなえる
ちちりちん。

(見つめかえす瞳の呼吸が
しめり気をおびて遠くへ花をそえた
引きかえすことのない孤独なロンド)眩暈の
空に回旋塔の葬列


   果て

見失わぬように
つかんでいたものは
最初から無かった
まだ見ぬ地

(ちいさなしろい手が
わたくしの黒く透けた影を引きのばし
冬の夜の初夢は
結晶して月光に青白く戦ぐ))しかし
ててちゃんこっちこっちぼぉんぼぉ〜ん、と
失われた時間はこぢんまりとして
いっこの精神に降りつもっていく
凍える歴史を黒髪に編みこみ
亡霊の花嫁となる
新婚旅行には紫の階調
異国へは(一度きりで充分しかし
ててちゃんこっちこっちぼぉんぼぉ〜ん

硝子の時計が影を刻みつつ
流れるような光沢の欠落が
視神経を逆流して像を結んでしまう
これ以上の行方を
忘れられぬということがあろうか
遠く遠いのだ
ふるさとの思い出は
お墓までもっていこう









自由詩 故郷における影 Copyright こしごえ 2007-03-30 09:03:14
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