らぶれた
影山影司

 キリコのおまんこは既にトロトロに蕩けていた。大枚三枚、少なくない金を払っていた俺は、制服のスカートをたくし上げ、急いて中指を突っ込む。キリコは勢いのまま、壁にもたれ掛かり、足を微弱に震わせて快楽に堪えた。
 キリコの中は、全てが曖昧だと感じる。指にまとわりつく感触。満たす液体は温かく、純水ではなく、ぬるぬるとした質感を伴う体液。「くぅ」とキリコは短く呻いて、俺の肩を握りしめる。その眼は、堅く結ばれ、口元もまた、漏れ出る言葉を押さえ込む様子であった。

 普段は絶対に見ることの無い、キリコの表情に、吐息に、胸が締め付けられる。
 もっと奥に。掻き乱したい、との衝動が、胸を締め付ける。
 指を折り曲げ、ぐいぐいと中へと押し込む。そのリズムに合わせて、キリコが、「ン」と短く啼いた。
 人差し指と薬指が邪魔だ。いっそ切り落として、掌を一本の棒にしてしまいたい。中指の先でチロチロと、中で一際異彩を放つ芯の口を撫でながら歯噛みする。キリコの中は、指一本がようやく入る程の空間であった。故に、折り曲げた人差し指と薬指が、行き場も無くぐいぐいと土手に抑え付けられる。

 中指をかぎ爪状に、恥骨の上をぐいぃと引っ張った。
「あぅー」
 と、キリコがだらしなく喘ぎ、また胸が締め付けられる。



 キリコが公衆便所と呼ばれ始めたのは、高校二年の頃だ。
 もっとも、それは女子連中につけられた渾名で、男子からはもっぱら、「女」と呼ばれていた。女、公衆便所、どちらにしろ込められた意味は同じだ。キリコは援助交際をやっていた。しかも、学内限定で。一説によると教師とも繋がっていたらしいが、真偽の程は確かで無い。重要なのは、キリコが同級生、下級生、上級生、問わず、客を取り、なおかつ、その中には、恋人持ちも含まれていた……という事だ。更に付け加えるならば、キリコは美人であった。背丈は低く、黒髪は長く、肌は白く細かく。年頃の男達は、それだけでも興奮したモノだが、リピーター達が時折漏らす言葉によると「啼く声は高く、締まりは良く、そしてなにより、程よく柔らかい」らしかった。
 年頃の娘達にとって、惚れた男が他人とそのような汚らわしい行為に耽るとは、ハンザイテキである。

Q.「キリコと私、どっちが良いの?!」
 ヒステリックに女達は叫んだが、
A.『男達は口を揃えて曖昧な笑みを浮かべた』らしい……(噂である)。

 当然、キリコに対する集団的イジメというやつが発生する。序盤は仲間外れだ。男を寝取られた女達がグループを作り、キリコを閉め出そうとしたが、キリコは元々そういうモノに疎かった。少し阿呆の気が有り、人と巧く会話が出来ないのだ。だから何一つとして、辛くはなかったと思う。次いで、三文小説にでも出てきそうなイジメがあった。教科書を隠す、上履きを隠す、といったものから、共同作業(掃除や行事)をキリコ一人に押しつけ、何処かへ行ってしまう、等々。これまたキリコは平気であった。キリコは初めから授業中、何処を見ているか分からない風に視線を彷徨わせ、先生に当てられると「あぁ、はい、わかりません」と短く答えるだけであった。おままごと的に教科書とノートを開いてはいたものの、全然使っていなかったのだ。流石に上履きは無いと困ったようだが、職員用のスリッパを借りてペタペタ歩いていたのを、見た。
 それに、キリコは、虐められても、男達が傍らに居た。いや、普段は全然、会話もしないのだが、ふと、キリコが困るような事があった場合、キリコはテキトーな男を見つけては「にぃ」と笑うのだ。男は「買った」という弱みと「ヤった」という情を握られている。だから、そんな風に淫靡笑いをされると、逆らえない。だから、何を言わなくとも「キリコ、手伝ってやろう」と視線を逸らしながら申し出るのだ。

 それがますます、女達には疎ましいらしいが。
 知ったこっちゃ無ェ。

 ともあれ、キリコはそのような妨害を全く意に介さず、学校生活を送り続けていた。昼間は大人しく授業を受け、放課後になると、いそいそと第三棟へ行って、商売に励むのだ。第三棟は、学校全体から見ると離れのようになっていて、運動部、文化部の部室が並ぶ棟である。その中の一室は、使われていない保健室(かつては保健医が放課後に勤務していたらしいが、現在は予算と人材の都合上、閉鎖している)であった。
 キリコは、保健室の鍵を持っていた。その鍵はもしかしたら、先生とヤって手に入れたのかもしれないが、とにかく、キリコだけの鍵を持っていた。商売の予約が入るとその鍵を持って、内側からガチャンと閉めてしまうのだ。お陰で「ヤり場」と呼ばれるその保健室は、いつも籠もった獣の臭いが漂うのだ。



 キリコの足下に跪いて、右手をスカートの中に突っ込む。冷たい鉱質の床に、膝がゴリゴリと押しつけられるが、キリコの股がぐちゃぐちゃと鳴っている間、そんなのは気にならなかった。
 空っぽの薬品棚。事務机と、こじんまりとした黒い回転椅子。シーツを剥がれたベッド。仕切りのカーテンはなく、点状のぶら下がるレールが剥き出しに晒される。そこに、キリコ、俺。染みついた獣の臭い。キリコの、声。キリコの甘い臭い。キリコ、キリコ。
 胸を触ろうと、左手を腹部から制服の下へ潜り込ませる。「駄目」とキリコが、手を押さえつけて遮る。「上は、十枚要る」「なんで? ヤるだけなら三枚だろ?」「十枚要るの。だから、ダメ」「何で?」「今に、分かる」脊髄の奥がきぃきぃと鳴いた。長方形の脳味噌が潤沢に濡れ始める。脳内麻薬の分泌だ。理性が本能に駆逐され、歪んだ思考が世界を構築する。
「触りたい」
「ダメ」

「なんで?」

「やめる?」



「いやだ」


 キリコが、俺の手を押さえたまま、ひやりと笑った。教室でいつも見せるような、喘ぐような、そんな顔じゃない。理に満ちた、人間の顔。ぞくりとして、思わず手を引っ込める。「良いじゃない」微かに色のついた唇の隙間から白い歯が覗く「ほら、こんなに、楽しんでるじゃない」白い歯の上を赤い舌が舐める「ほらァ」キリコの華奢な両手が俺の右腕を、キリコの股に突っ込んだ俺の右腕を、掴む「動かして……」溜息のような呟きに慌てると「ねェ」とキリコが笑った。


 元々、俺はキリコとヤらない派だった。日に日に増えていくキリコリピーター達を相手に、俺は俺で商売に励んでいた。俺の商売は「酒」で、酎ハイからウォッカまで、高校生には手に入りにくいブツを格安で調達していた。「今度乱パがあるんだ、多めに頼むよ」と、大金を渡されたのは一週間前だったか。乱パとは即ち、男と女が複数人でアレする事であり、そのメンバーにキリコが居たかもしれない。
 高校生が乱パとは、なんと世紀末か、と嘆かないでも無い。しかしそのお陰で俺は儲かり、奴らは楽しめるのだ。一々口出ししたりはしない。ニヤニヤと笑って「四日で頼むぜ」と注文した客は同じクラスの奴だったが、商売以外で口を効いたことは無かった。奴らの悪事に、俺は道具を調達してやるだけだ。その行為によって俺の魂が悪に染まることは無いし、俺が偽善に苦しむことも無い。
 早速、家に帰って注文伝票を作った。家が酒屋だと、こういう時に便利だ。サービスでソーダやツマミもチェックしておく。親父は薄々俺の商売に気づいているようだが、「中学の時から酒を飲んでいた」と豪語している以上、口出し出来ないようだ。それに、何、これも一つの社会勉強だ、と開き直っているのかもしれない。

 酒を注文しても、結構な額が手元に残った。高校生にはちょいと高額な程。
 靴が古くなっていたので、学校帰りに買いに行くかと考えたのが、良くなかった。そんな日に限って、商売女に引っかかるんだ。
「ゴム、あるよ」
 キリコがにやりと笑ったのに、俺は逆らえなかった。

 昼休みだ。屋上に俺は寝転がっていた。日差しは少し強かったが、柔らかい風が丁度良い空気を作っていた。先客の男女が、物陰で1ラウンド30分の寝技試合を決め込んでいたのには少々気分を害したが、彼らのお楽しみを邪魔するのも気が引けたので静かに寝ていたんだ、俺は。「する?」突然の声に目を開けるとキリコが居た。俺の頭のあたりに立って、顔を覗き込むように。上下互い違いに見つめ合うと、キリコが「でへへ」とだらしない笑いを浮かべた。我慢できないでしょ? とでも言いたげに、物陰を顎で指す。
 どうやら俺が、物陰のやりとりを盗み聞きしてると勘ぐったようだ。
「遠慮しとく」
 と、言おうと思ったら、キリコが俺の顔を跨いだ。そして大きく、両脚を開く。
「我慢できないでしょ?」
 キリコのおまんこは既にトロトロに蕩けていた。キリコが屈み込むと、スカートがカーテンの様に顔を覆い、湿気と臭気が俺を包んだ。脚を擦り合わせるように、キリコが身悶えする。その度に濡れた音が、スカートのヒダを通って反響した。
「ゴム、あるよ」
 キリコが、笑っている気がした。遠くで予鈴が鳴り、俺はキリコに金を払っていた。



 キリコ、キリコ、と浮言を繰り返し、キリコを正常位で押し突く。服を着たままなので、布の擦れる音が耳障りだ。キリコは、耐え難い痒みを訴えるようにシーツも無い粗末なマットを引っ掻いた。性衝動が欲求を駆り立て、衝動をキリコに与えた。衝き動かされる度、キリコは、漏れ出すように吐息を吐く。「おいで」呻きながら、キリコが、両腕を俺の首に回す。しがみつくように悶え、ぺろりと唇を舐めた。ヴァンパイアが血を吸うように、唇に吸い付かれた。色素の薄い唇が、俺の唇を挟み、その間をぬるぬるとした舌が這う。
 まるで心を撫でるように、キスされた。
「で、出そう」
 唇を引き剥がし、藻掻いた。高まる欲求に、堪えられない。
「何を出したイ?」
「何処に出しタイ?」
「ドウヤッテ出シタイ??」
 このま、ま……と呻いて一際強く突き上げた。だくだくと流れ込む感覚が、脳髄を震わす。「んふっ。ふゥ」だくだくとしたリズムに合わせて、キリコも痙攣した。搾り取るように、注ぎ込むように、二人で痺れた。ぐちゃぐちゃに溶け合い、意識が解け、思わずキリコの上に崩れ落ちる。
 しばらく、互いの、荒れた呼吸と、鼓動しか、聞こえない。

 何秒か
 何分か
 何時間か過ぎ去って。
 ゆっくりと腰を引くと ぬるりという 弱々しい感触と共に 抜け出て 同時にコンドームも 外れ落ち どろどろぬらぬらと マットの上に溶け出した。時間が経った精液は粘性を失い、白濁したスポーツドリンクのような有様で広がっていく。


 キリコのおまんこは更にトロトロに蕩けていた。
 イった後特有の弛緩が、赤く生々しい内部と、てらてら光る粘液を怪しく晒す。呼吸の度に脈動するそれが、愛おしくも恐ろしくもあり、キリコの唇にキスした。「む、ね、」と言うキリコ。「胸、して」。「お胸にちゅーしてよ。ちゅー」。溢れ出る涎でどろどろに光る唇が尖って御願いする。

 制服をたくし上げるとそこには、微かな膨らみが二つ。唇と同じ色の乳首が、微かに立っていて、何よりもエロチックだった。

 胸と

 胸の
 間。

 微かに窪んだ 底に
 くちづける。
 すると、その途端、どす黒く赤く汚れた青を浮かべた穴が空く。
 オナホの様に深く長くぐちゃぐちゃの穴が空く。
 思わず悲鳴を上げると、悲鳴は穴に吸い込まれた。
 穴の壁面に顔が浮かびそれは全て俺の顔で
 皆が皆、一様に悲鳴を上げる。
「ヒィ」ヒィ」「ヒイヒィ」「「ヒヒヒィ」ヒィィィん」イヒィ「イィィィィヒヒヒ」「ヒッヒヒヒヒ」
「ィヒッヒィィィヒヒヒヒ」」イヒヒヒヒヒイヒヒイヒィッヒヒ」」「ヒイイイヒッヒッヒッヒヒヒ「「
 悲鳴を上げる。
「うわッ」「うぁぁ」「っぁあああ」「あっあぁぁうぁっ」「ああぅぇあっああ「「えぁぅぉぇあ」
 悲鳴を上げる
「気持ち悪い」「気持ち悪い」「気持ち悪い」「きもちわるい」
「きもちわるいきもちわるいわるいきもちいるわちもきわるいきもちきもちちもいるわきちるわいきつるいもちき」
 悲鳴が枯れた。
 瞬間、世界が暗転し、俺は穴に吸い込まれた。
 刹那、穴は塞がる。
 蓋をされた穴の中に囚われた。
 やがて壁は収縮をはじめ、俺は肉の壁に挟まれ溶け込み、キリコの中に四散した。



 今ではそれも、悪くないかと思っている。


未詩・独白 らぶれた Copyright 影山影司 2007-03-30 04:37:28
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