春の和音
銀猫
仄白く明けてゆく空と
暦の眠りから覚めた蕾が
共鳴して
三月の和音を弾く
冬を忘れた陽射しは甘く
僅かに紅を挿した絹の切れ端に
はなびら、の名を与える
こころにある哀しみや空洞を
ひらり、
舞い降りてはそっと隠し
ただ天晴の青に沿い
眼でしか聴こえぬ旋律で塞いでゆく
さくら、さくら
いくつかの黒鍵に触れながら
陰音階を弾いているのは
根元に息づくというしろい指
さくら、さくら
その楽譜には
春、とだけ記されて
誰かには力強い連弾で
ちがう誰かには円舞曲のように
深いところに流れ着く
ささやかな音楽は
気温を一度上げ
俯き加減の頬も
薄桃色にたわんだ枝を
そっと見上げる
さくら、さくら。