さ く ら
川口 掌


三月も残り僅かとなり
ほころびかけていた桜の花も
一輪また一輪と開き始めてきました
桜の花が満開となり
その花が散り始めると
思いだす事があります


由美子姉さんとは実家も近所で
年が二つ違いと言う事もあり
幼い頃からいろいろと
世話をしてもらっていました
こちらに出て来てからも
また近所に住んだ事から
各施設への道順や
掘り出し物などを教えてもらい
なにかにつけて一緒に出歩く
大切な先輩です

月日が経つと由美子姉さんの彼氏も含め
三人で食事をしたり
映画を観たりする事が増えてきました
それはもう素敵で楽しい
夢の様な日々が続いていました

しかし
そのうちに由美子姉さんを除き
彼氏さんと二人だけでドライブに行ったり
飲みに出かけたりする事が多くなり
いつしか
筋違いで悪い事なんだと心の中で思いながら
由美子姉さんがここから居なくなればよいのに
なんて事を強く強く願う様になり

訳もわからず 来る日も 来る日も
枕を濡らす日々が続いていました



やはりちょうど
今のように桜の咲く頃の事でした
由美子姉さんを見かけない
そんな事に気づいたのは

辛く切なく眠れない日々を過ごしているのは
私だけでは無かったのです
治らないそんな病気を抱えた 由美子姉さんが
いったいどんな気持ちで日々を過ごしていたか
自分の世界の中だけで 周りの事など全く見えず
泣いたり笑ったりするだけで精一杯だった私には
想像する事すら出来ませんでした


久しぶりに実家に連絡を取った私に
母が小声でささやいた言葉は
「あなた 知ってた? 三丁目の由美子ちゃん もう末期なんですって」

私は今も忘れる事が出来ません


由美子姉さんはもう一年も前から
自分の体の不調に気付いていたそうです
そう 私が彼氏さんと急接近し始めた頃です
それから入退院を繰り返し
そしてとうとう
今度の 起き上がる事も出来ない身体での退院だったのです


母の言葉を聞きどうしても会いたい そう思い
お見舞いに訪ねた私に由美子姉さんは言いました
「去年は桜が見れなかったの。今年はちゃんと見たいわ。」
その言葉に由美子姉さんと由美子姉さんの家族と私とでお花見に出掛けました
少し肌寒いそんな日でした
満開の桜の中 由美子姉さんの顔は
とても穏やかでした

「きれいね 

さ く ら 」

由美子姉さんは とても小さな声で呟いて
そして 微笑んでいました



桜舞い散る春の昼下がり
誰はばかる事なく啜り泣く声だけが響いていました

「きれいね 

さ く ら 」

その言葉が私の中で
何度も何度も木霊しています
私は 心の中で

いいえ
誰にも聞き取れない程の小さな声で

「ごめんなさい」

「大好きです」

「ごめんなさい」

ずっと呟き続けていました
言葉に出来たのは
それだけでした



今年も また
桜が咲き始めました

もう まもなく桜が散り始めます

由美子姉さんの残した

「きれいね 

さ く ら 」



それと
あの時 言えなかった言葉

「ありがとう」

そして

「さようなら」

そんな言葉を
ささやきながら




自由詩 さ く ら Copyright 川口 掌 2007-03-26 23:34:32
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