盲目と、老紳士と、女
なかがわひろか
盲目の老紳士が言う
君の声はママの声に似ている
私はそんな彼のために
毎日いろんな本を読み聞かせる
昔話
遠い国で起こった戦争のお話
時には絵画を細かく言葉で表現する
ママの声に包まれているあなたは
本当に私の子供のようで
もしあなたの目が開いたらと思うと
本当は少し怖くなってしまう
寒い朝
紅茶を淹れて待っていると
あなたは寝ぼけた声で
ありがとうと言う
私は何も言わずただ微笑む
そんな冬の時間が
私は好きでした
そしてそんな冬の時間の
私の目の届かないほんの隙間で
あなたは死にました
それはそれはとても安らかで
眠っているようで
きっとあなたのことです
眠りながら死んだのでしょう
あなたの棺には
小さな人形を抱いた
少し大きめの人形を入れておきました
あなたが最後に見た人
あなたを最後まで抱きしめていた人
あなたに優しい声を聞かせた人
少しの嫉妬と
あなたの知った唯一の愛に
私は涙を流します
(「盲目と、老紳士と、女」)