風のブブブ
はじめ

 停車中の自動車の排気ガスが螺旋状に吹き出ている
 中華料理屋の近くの排水溝から白い煙が温泉の湯煙のように湧き上がっている
地面が雪が凍ってコーティングされていて ネオンや電球で照らされている それを見ると心が暖かく感じられる
 僕は雑居ビルとビルの間からこの光景を見ていて別段どうしようとも思わない ただ外は想像以上に寒く 頬や耳は真っ赤 吐く息は白く濃い
 でもここは少し暖かい 青いポリバケツが蓋がきちんと閉められていても匂いが漂ってきそうだ
 一匹の雑種の野良犬がポリバケツの蓋に前足を載せ おそらく中の匂いにつられてやって来たのだろう どう開けるかも分からずにただ舌を出してハーハーと言っている
 僕は開けるのを助けたくなる けどじっとその様子を見ているだけだ
 道路を高級そうな黒車が通る 僕はその車に目を奪われた
 車が通り過ぎたのと野良犬が蓋の上で前足をバタバタさせているのを見て左脳から右の空間が吹っ飛んでいって冷たくなったのが分かる 冷えた心の底と同じ高さの道を人々は左右から構わず歩いてくる 僕はその光景を見て両腕の血液の流れが良くなった
 そのうち野良犬はポリバケツに隠れる格好で立ち小便をした 地面に黄色い小さな穴が空き 湯気が出ていた 小便が終わると野良犬はブルッと体を震わせたと同時に僕は膀胱に尿意を覚えた それだけだ 今この場所で起こった出来事は
 僕は目を閉じて耳を澄ませ 車の走り去る音や機械の動く音 ざわざわとした人の音 空気の音を聴いた 空気は冷たく 時々風のブブブという音がする 耳殻に風が当たって微かに鼓膜を揺するときにそれに似た音が聞こえる
 犬の空けた穴はもう湯気が立っていなくて何を思っているのかビルの壁へ顔を向け両足を揃えている 凄い早さで白車が通り過ぎて行って 音だけ聞くと野良犬を轢き殺す音に聞こえた 僕の心に小さな蟠りができた 犬は僕の後ろに視線を向けて最初はゆっくりと僕を通り過ぎる前には足早に去っていった 犬がいなくなった瞬間に尿意のことを思い出したがすぐ忘れ 僕は見慣れた雑居ビルとビルの間からの光景を見ていた
 思い出せば10代前半の若者3人組がポリバケツの前でヤンキー座りをしながら火遊びをしている 煙草は野良犬が空けた穴に落とされて チラシを燃やしていて 異常なことなのか 僕をじっと見て睨んでいる
 禿げた40代前半の夜の砂漠色のコートの男性がやけに目に止まった
 おでこをハンカチで拭けばいいなと思った 禿げた男性の過ぎ去った後の景色は寂しく冷たかった 人があまり通らなかった 若者3人組もいつの間にか消えていた 煙草の吸い殻とチラシの燃え滓だけが残っていた
 僕は左腕にした腕時計を見た もう遅い時間だろう 僕は右下の空間に煙草の匂いとチラシの燃えた匂いと人々の汗臭い匂いとその他諸々の匂いを感じ捨ててこの場所を後にした


自由詩 風のブブブ Copyright はじめ 2007-03-25 05:47:51
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