言霊
仄
ある日
世界中で一斉に雨が降り始めた
それはずっと降り続き
海は荒れて
全てを押し流す勢いで
世界中の科学者や
偉い人たちが
毎日議論を交わしたけれど
それは一向に解消されなかった
それどころか
雨は日に日に強くなり
信じられない事に海から溢れてしまい
どんどんと街に侵蝕していった
人々は住む場所を奪われて
次々に丘や高台へと逃げたけれど
もちろん場所が足りるはずもなく
毎日争いで人が死んでいった
それでも雨は止む事はなく
まるで地球の表面を全て水で埋め尽くす勢いだった
中にはもう諦める人も出て
船で生活する人や
自ら命を絶つ人もいた
それに乗じて宗教団体を大きくする人や
水の中でも長く息が出来るようになるという練習器具を売り出す人や
辛さを忘れる為の妖しい薬を売る人もいた
けれど根本的な解決策は
なんら見つからなかった
そんなある日
ある街に1人の旅人が船に乗ってやってきて
街角で歌を歌いだした
彼はとても奇天烈な格好をしていて
とても不思議な声をしていたので
最初は誰もが胡散臭がり避けていた
ただそれはとても癖になるメロディだった
ある日家事をしていた主婦が
思わずその歌を鼻歌で歌いだした
歌うと何故か昔見た
太陽の光を思い出させた
それを聞いていた娘は
1度も見た事のない光を感じ
つられて歌った
娘は友達にもそれを歌って聞かせ
その友達は家族に歌って聞かせた
そうやってどんどんとその歌は広まって
世界中で歌われる頃には
まるで魔法のように
雨雲が散っていき
降り続けていた雨はぴたりと止んだ
太陽の光は雨水を蒸発させ
蒸発させては降らせ
木々をどんどんと成長させ
成長した木々は
淀んでいた大気を
吸っては吐いて清清しくさせた
清清しい空気を吸って
暖かな光を浴び
緑に囲まれた人々は
争いを忘れ
街の復興に努めた
科学者たちは
自分の行っていた実験の効果だと
口々に言ったが
人々はどこかで
あの歌のおかげではないかと思った
もう一度不思議な声で歌うあの声を聞こうと
今は始まりの街と呼ばれるようになった
あの街の人々が旅人を探したけれど
彼はもうどこにも見当たらず
今はあの歌だけが歌い継がれている