黒猫
はじめ
ある日の夜 家の前で僕は丸々と太った黒猫と出会った
黒猫と僕は目が合ってふっと立ち止まった
僕はそのまま無視をして立ち去ろうと思った
けど黒猫は僕から視線を外さず 鋭い眼光で僕を睨んできた
僕は動けなかった 両足を無数の釘で打たれたようになり 全身が固まってしまった
黒猫は不吉な動物だ 昔からよく黒猫を見ると不幸なことが起きると聞かされてきた
心に冷や汗が流れ出す 僕はもしや悪魔の化身に殺されてしまうのだろうか
しかし黒猫はすっと視線を外すと すたすたと暗い夜道を歩いていった 僕は拍子抜けしてがくっと体を傾け 金縛りが解けて車道に飛び出てしまった
黒猫はしばらく歩いていくと くるっと僕の方へ顔を向け にゃ〜ご と鳴いて僕の心に『ついて来い』とテレパシーを送ってきたような気がした
僕は用事も忘れて黒猫の元へ歩いていった すると黒猫は再び歩き出して距離を置き 時々僕の方向へ振り向いてはまた歩き出した
僕達は住宅街を抜け お茶畑を抜けて黙々と歩いていった 僕は途中でなんだか映画の『耳を澄ませば』の状況に似ているなぁと思いながらついていった
やがて黒猫は大きな洋館に辿り着いた 僕は黒猫の歩くスピードについて行けず ゼーゼーと息を荒くしながら やっとのことで黒猫に追い着いた
黒猫はほんの少し隙間の空いた扉に体を滑り込ませ 贅肉のたっぷり付いた体をぐりぐりと捻り込ませながらやっとのことでくぐり抜けた そして扉の奥からにゃ〜ご(『入ってこいよ』)とテレパシーを送ってきて 僕に中に入って来るように命じた
僕は扉を開けて恐る恐る洋館の中に入ってきた 辺りは外と同じように真っ暗だった 僕がきょろきょろと見回していると 二階からにゃ〜ご と鳴き声が聞こえてきた
僕は螺旋状の階段を上っていって 黒猫の鳴き声のするある部屋の中に入っていった
その中には年老いた男性がガウンを着て揺り椅子に座ったまま死んでいるのを見つけた 僕はすぐ携帯電話で警察に通報した 黒猫は自分のご主人の死を誰かに伝える為にやって来たのだ
今では黒猫は僕の家で一緒に暮らしている 彼女もできた 不吉な存在だった黒猫は幸福を運んできてくれたのだ