桜の面影
ぽえむ君
生まれた時から
ぼくには父親がいなかった
母からは
父は遠いところで仕事をしている
としか言われていなかったが
ぼくは父の写真を一度も見たことがない
子どもの頃
母に連れられて
どこかの家に行ったことがある
その家には大きな桜の木があった
その家族の人たちと母は楽しそうに話していた
特に男の人とは親しそうだった
ぼくはその時の母がどこか気に入らなかった
だから一人で桜の木の下で遊ぶことにした
桜はとてもたくさん咲いていた
「きれい」という言葉は
ここで知ったのかもしれない
下から桜を見上げると
青い空がまぶしくなった
何かの加減だろうか
桜の枝の間から男の人の顔が見えた
初めて見る顔だった
けれどもその人が誰であるのか
ぼくにはわかった
どこか厳しくそれでいて優しかった
後ろから母の呼ぶ声が聞こえると
それっきり顔も見ることもなかった
その家に行くこともその日だけだった
あれから何十年が過ぎただろうか
場所を問わず毎年桜が満開に咲くと
その木の下から空を見上げる
不自然さを感じたのだろう
自分の子どもから
「どこを見ているの?」
と言われたことがある
「あ、ああ、顔だよ、桜のね」
そう答えた後
親子でただ青い空を眺めていた