記憶の森
はじめ

 君は森の中で首を吊った
 美しい君が強固な樹木のしっかりした太い枝に荒っぽいロープを巻き付けて
 穴という穴から流れ出る体液 垂れ流す汚物
 下にはそういう溜まりができている
 不気味な色の外殻を持った虫達がその溜まりに集まり貪り食っている
 体中は腐乱して蠅が飛び回り蛆が湧き出て 美妙だった体を食い荒らしている  
今の君は見る影もない 黒のワンピースだけは森の中で優美な異彩を放っている
風光明媚な森の奥は埃が溜まっていて 誰も近寄ることはなく君は粛粛とぶら下がっている
 十字架を背負った森の妖精達や光の玉が君のことで胸を痛めて涙を流し周りで軽やかに踊っている
本当は死を知られたくなかった動物達や昆虫達も君のことで嘆き悲しんでいる 彼らではどうすることもできなかったのだ ただ心を殺しながら死の間際の悲鳴を黙って聞いているしかなかった
 蛆達もそうとは分からず 丸々太った後で後悔して そそくさと地面に落ちてしまった
 森は異様な静寂さに包まれている 時折 動物達や昆虫達の悲痛に満ちた泣き声が聞こえてくるだけだ
 人間達は必死に君の行方を捜している まだ生存しているのではないかという淡い期待を寄せながら
 君は生きているように見える ただ黙って体の向きを変えているように見えるだけだ 風も遠慮して君を揺らしている
 君は眠っているように見える 体をこちょばしたら笑って目を開けるような気がする
 でも君は永遠に目を覚まさない
 日の当たらない森は昼夜問わず暗い 君の白い顔と肌だけがぼんやりと闇の中で浮かんでいる
 時が君を無くすだろう その代わり時は君を生命の中で鮮明に記憶させることだろう


自由詩 記憶の森 Copyright はじめ 2007-03-22 05:45:59
notebook Home