ジプシー
水在らあらあ
行かないで、お願い
そう言って小さな女の子が俺の手を引いた
夕暮れ 海に落ちてゆく日は
どうしていつもあんなに決定的に
強烈に
美しいのか
海辺の教会から
八時の鐘が鳴り響いて
君は真っ黒な目で
俺を見つめている
俺は水平線を見ている
もう一回瞬きしたらきっと
燃え上がるぜ なあ あれが世界の切れ目さ
ジプシーの君は
真っ黒な目で
真っ黒いおさげで
俺の手をにぎる君の手は小さくて
俺はその手をにぎり返して
水平線から君に振り向く俺の目は茶色く滲んでいる
もっとお話して、お願い
波打ち際を逃げるひらめの話を
ここ数日の嵐で打ち上げられた貝殻や流木の話を
夕日を受けて一人ぼっちで
波間に浮かぶウミスズメの話を
ねえ 海に沈んでから太陽はどこに行くの?
それはね きっとね
君の友達の国に行くんだよ きっと
君のお母さんはどこ?
オレンジ色の街灯がともり始めた浜辺の上の通りを指差す
真っ黒い瞳で
じっと俺を見つめたまま
小さく 汚れた指で
海岸沿いの歩道では
ジプシーの家族が
いつもと同じように色とりどりのスカーフを路上に並べて
白人のおばさんたちが足を止めて
夕暮れの浜辺は人よりもカモメのほうが多いから
ここにいたら
可愛い君は連れて行かれちゃうかもしれないよ
ほら あいつら今夜きっとサンタ‐クララでパーティーがあるんだよ
波打ち際であんなに水しぶき立てて 羽を整えて
おしゃれしてさ 君のそのきれいな腕輪を
一つあげたらいい
風が立って 砂が舞って
君は俺の脚に隠れて
俺は顔を覆う
もう行くよ 行こうよ ほら海の水が
夕日を受けて 虹色だよ
お母さんのところまで走ろうか
競争だよ
海に沈んでから太陽はどこに行くの?
それはね きっと
君の親友がいる国に
俺の母親が待っている国に
俺たちが 生まれた国に
そして
もう一度生まれる国に行くんだ