チョコレート列車
五十川由依
さあ、出発しよう
ぽっこんぽっこんぽこぽこ
キップを見せていただけますか
この列車の行き先?
知っているのはあなた自身
カタリカタカタ
遠くへと
私は徐々に遠ざかる
赤ん坊の泣き声
苦しみに耐える病人の顔
ただただ頭を下げるサラリーマン
笑った顔がはりついてとれない主婦
カタリカタカタ
遠くへと
私は徐々に遠ざかる
レールのない場所を進む
どんどん進む
生温かい空気のある方へと
風が流してくれる方向へと
知らない知らない
私は何も
窓の外にうつるのは
桜色の風
何もない部屋
駄菓子屋さん
覚えていない覚えていない
私は何も
絵の具を塗りたぐったアルバム
破り捨てた日記
のびきったビデオテープ
突然に吹いていた
紅の風
思い出した
わからなかったテストの解答
あの時言うべきだった言葉
ふと顔をあげる
ライトを消して
キャンドルに火を
おちるおちるおちるおちる
現実の底へと
戻る戻る戻る戻る
自分で巻き戻しのボタンを押した
いや、停止のボタンを押したのか
とっとんとろとろどろんどろん
この列車に停まる駅はない
お乗りになりたければ
さあ、どうぞ