「 椅子に座る老女 」 
服部 剛

灰色の壁に囲まれた
音の無い部屋

黒い衣を身にまと
「死」を決意した病の老女 
一点をみつめ 
椅子に腰かけている 

( 左手の薬指に今もにぶく光る 
( 結婚して数年で世を去った 
( 若い夫に贈られた結婚指輪 



 
    壁に掛かる  
    黒い額縁に囲まれた 
    故郷の懐かしい情景 

    煉瓦れんが造りの町並みに夜は更けて 
    闇に灯るいくつもの家の窓明かり 
    食卓で向き合う若い母と幼い息子の影

                        」 

( あれからずいぶん長いこと 
( 歩いて来たのだ・・・ 

白いハンカチを握る手を、膝の上に重ねる。 
床上に置いた足のつまさきを、そろえる。 

( 黒い衣の内に 
( 不規則に脈打つ、 
青褪あおざめた、心臓。 

絶えず、老女は祈っている。 
長い間 一つ屋根の下に暮らした家に 
のこしてゆく独り身の息子のことを 

( 風に揺れる、蝋燭ろうそくの火

強張こわばった、頬。 
結んだ、唇。 

無明の闇を 
静かに射抜く、老女の瞳。 





 * ジェームズ・アボット・マクニール・ホイッスラーの絵
  「私の母の肖像」を参考に、この詩を書きました。 





自由詩 「 椅子に座る老女 」  Copyright 服部 剛 2007-03-16 01:32:33
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