「 椅子に座る老女 」
服部 剛
灰色の壁に囲まれた
音の無い部屋
黒い衣を身に纏い
「死」を決意した病の老女
一点をみつめ
椅子に腰かけている
( 左手の薬指に今も鈍く光る
( 結婚して数年で世を去った
( 若い夫に贈られた結婚指輪
「
壁に掛かる
黒い額縁に囲まれた
故郷の懐かしい情景
煉瓦造りの町並みに夜は更けて
闇に灯るいくつもの家の窓明かり
食卓で向き合う若い母と幼い息子の影
」
( あれからずいぶん長いこと
( 歩いて来たのだ・・・
白いハンカチを握る手を、膝の上に重ねる。
床上に置いた足のつまさきを、揃える。
( 黒い衣の内に
( 不規則に脈打つ、
( 青褪めた、心臓。
絶えず、老女は祈っている。
長い間 一つ屋根の下に暮らした家に
遺してゆく独り身の息子のことを
( 風に揺れる、蝋燭の火
強張った、頬。
結んだ、唇。
無明の闇を
静かに射抜く、老女の瞳。
* ジェームズ・アボット・マクニール・ホイッスラーの絵
「私の母の肖像」を参考に、この詩を書きました。