僕達が暫くの間歩いてきた細い道の意識はとうとう砕けて、
女は僕の横で微光点在する白昼の花々を避けて廻り始める、
言葉を 一つ 一つ呪うように吐き出しながら地面を睨み、
次第に此処ではない何処かで枯れ朽ちていく。僕は大きく、
上下する視界にしがみ付き
激情を吐いてはいけない、吐いてはいけないと思う
女が微笑みながらそう言っている
僕は吐きかけた唾を飲み込む
細い一本道には光が射し
(未だに微笑みながら)
強迫的な白が映る、呼吸が震えている
七月の細い太陽の下、境内の欅の向こうで僕を睨みながら手招きをしていた幾つもの透明な手が僕の隣を歩いていた女を掴まえて彼女は無数の蒼い手に引かれて薄らと消えていく
(微笑みだけを残しながら)
僕はあの日、神社には行かなかったと思い込もうとする
今は冬なのに蝉の声だけが耳に残っている
耳の奥には未だに女の声が残っていて後頭部の辺りで僕を呼
ぶ声が聞こえる。後ろを振り返っても何も無いし何処にも光
は見えない…何も無かった、何も…無かったはずの記憶の声
が(…私より先に謝るべき人がいるんじゃない?) 聞こえる
、目の前はもう空虚な闇に包まれた筈なのに(未だに微笑み
ながら)…それを消す
激情を吐いてはいけない、吐いてはいけないと思う
女が微笑みながらそう言っている
(微笑だけを残しながら)
彼女は僕が壊れていくのを待っている
やがて地面に転がった視界から、闇の中に枯れかけた花々が散在して映っている
*
あの日。七月の太陽の焼き付いた細い路上。
僕の影があの女から腐敗の言葉を浴びていた日。
(…私より先に謝るべき人がいるんじゃない?)
二月の、涙目に痺れを伴った細い一本道。
僕だけがその今を歩いている。
斜めから射しこむ夕陽の遠くから男の低い呼吸(う…う)を耳元に聞くことがあり、何度か後ろを振り返ったが誰の姿も見えず、代わりに自分の影が遠くへ伸びていった。
(未だに微笑みながら)
鉄の錆びつき朽ち果てた自転車の立掛けた塀に映る
首の折れた女のしゃがんだ姿が
(白紙を破く音)
と共に消える (白い、白いコート)
やがてその一筋の道を歩む僕の周りで
透明な子供達の足音がジャ…ジャ…と円を描き始める
―――――――――――(僕の中に内在する声)此処より遥か前方の空との境界線で目を開き彼女の後姿を凝視している
路傍に現れた水溜りの水面を走って逃げていく太陽
子供達の駆け巡る足音は幾度も廻り続け
彼女は初めからいなかった、存在は虚像で言葉は元より幻聴
に過ぎず、風で翻っていたロングスカートも、白い肌の色や
笑顔も………あれはしなかった何もしなかったし、僕は何も
しなかった、何も
(何処からか。彼女が僕を睨んでいる)
遥か遠くで話す知らない男の声は、耳元で囁く
「すぐ後ろの蒼い枯れ木にぶら下っている」
僕の腕は肩より一層の曇り空を反映して重く、(ぶら下がっている、)軽い眩暈を遊びながら、
やがて腕は感覚を無視して痺れと共に上空に消えていく。
(未だに微笑みながら)
かつて七月に夕焼け色の毒で塗られた路上は今では涙に滲み揺らめいて目の前で彼女の後姿になって消えていく、日々の前に僕の身体は歩き続けていく(震えながら)今がいつで此処は何処なのかも分からずに。
二月。
揺らめく女の影がもう一度振り向いた後には何もかもが白の衝撃で
其処に道など無い(僕の姿は無い)
其処は夜で(僕は何処にもいない)
*
闇の波が
反射する窓辺に打ち付け
僕は
其処に立っていた
逆光を射る盲目の 表情に 影が 押し寄せ、
メリーゴーラウンド、其処に廻る景色の中に僕 は 居た
(街は、揺れている)
夜と
目が合った
僕は、
何かを言いかけて口を開き(何も思うことは無く)として決して何も思うことは無く
純粋に思うこと
流れていく
(波紋)その
街燈、
平行線の尾を引いて廻る、また、廻る
音が、鳴る
定期的に、眩暈、振動、音が、鳴る、また、鳴る
(街は、揺れながら、帰っている)
純粋に想うと云うこと
路辺に浮かぶ街燈は
砕け散って(色めいて)浮かんで、なお散乱して
流れていく
(去っていく、影達)
夜、其処は夜で
僕は昨夜から其処にいる
※過去作品です