桃と月
シリ・カゲル
まだらな夕焼けが
きりっとした一本の藍色に
移り変わっていく、その頃
帰り道のファミリーレストランに
今日も大きな桃のネオンが点る
今日はごめん、どうしても
僕には行くことができなかった
携帯のむこうの友が弁明する
僕はそのままうちに帰る気がしなくて
道路脇のガードレールに腰掛けて
会話を続けている
ぼんやり店内を眺めている
密度の濃い冬闇に浮かび上がる
店内の温かな光
窓際の席に座っている
メタボリックな体格の男は
テーブルの上にたくさんの料理が並んでいくのを
嬉しそうに眺めていた
北京ダックから始まって
東坡肉
麻婆豆腐
担々麺 五目焼きそば
フカヒレご飯
それらを全部
ひとりで食べるつもりなのだろうか?
僕は携帯むこうの友に答える
うん、でも、あいつ、とても
いい顔だったよ
頭上には青い月
店内のメタボリックな男は
オーダーがすべて揃ったのを確認すると
それらを一品ずつ、丁寧に、たいらげていった
それはもう
芸術的といってもいいほどの
食べっぷりで
見ているこっちの胃袋の中までが
きゅうきゅうに
うずたかく積み上げられていくようだった
そんなに気にするなよ
お前の気持ちもわからないわけじゃ
ないよ
うん、それじゃあ
またゆっくり
酒でも酌み交わしながら、あいつの
思い出話でもしよう
僕は携帯の終話ボタンを押すと
黒のネクタイをゆるめて
ワイシャツの、一番上のボタンを外し
空を見上げた
月は当然のような顔をして
まだそこにいて
青い光で地上を濡らしていた。