北の国を目指し
川口 掌
北の国を目指し飛び続ける本州鹿の群れ
先頭近くを飛ぶ小林と岡田が先程からしきりに話をしている
小林が言う
今飛んでいる方向は
西に0.000000000000000203度ずれている
続けて
なぜ彼がその事に気付いたのか
その訳と方法を熱弁する
ずれてしまった事はしょうがない
がその原因究明をする事が
今一番やらなきゃいけない事だと言う
一方岡田も言う
いや違うんだ
今回の旅の問題点は
暖冬の影響で四日程早く出発したが
目的地の北の地は
今年は暖冬では無いかも知れない
また仮に
今年は暖冬だったとしても
今現在
寒の戻りなどで
冷え込んでいる可能性がある
だから
引き返してでも
目的地のデータを再認識しないと死活問題だと言う
小林が小林の観点から問題を掘り起こし
今からやるべき事を語れば
それに対し
岡田は岡田の観点から問題を掘り起こし
今からやるべき事を語り出す
いつまでも噛み合う事無く
平行線をたどり続ける二人の会話
おまけに小林の発言に
中村がちゃちゃをいれる
正確には西に0.000000000000000203度では無く西に0.000000000000000202998度だよ
中村の参加により議論はより白熱していく
場所を換え中段辺りの様子を伺うと
斉藤と佐藤がやはり口論している
斉藤は言う
本来北へ向けて飛ぶ時は
羽ばたきは三分間に十回であるべきだ
お前達はそんな事も判らずに飛んでいるのか
対し佐藤は言う
それぞれ皆感性は違うんだ
原則論として斉藤の言う事は
確かに正しいのかもしれない
しかしそんな事を
今この場で語ってもしょうがない
今はとにかく北へ向けて飛ぶべきなんだ
先頭と中段の境目辺りを
同行取材しながら飛んでいる
三毛猫の坂元は前方や後方から聞こえる会話を
不思議な気持ちで聞いていた
確かにそれぞれの言っている事は
それぞれに興味深く
又それぞれの言いたい事も概ね理解できる
実は坂元にも
坂元なりの北の国へ向けた想いは有る
ただ思うのだった
個人個人が個人個人の思いを
個人個人の思うがままに制御できるのは
あくまで自分自身だけで
そもそもその自分自身すら
実際には自分の思うがままにはコントロール出来ない
我々とはそんな不完全な生き物なのではないか
理想を追い求めそこに向けて
まい進するのは必要な事だが
自分以外の者まで心の中で
自身の支配下に置き
その自分以外の者が思い通りにならずに
悩み苦しみ進むべく方向を見失う
そんな状態が多すぎるのではないだろうか
今一度自身の立ち位置と
純粋に進みたい方向を考えてみる事が
北の国を目指す早道なのかも知れない