ほしのまち
水町綜助

山の中の坂道に出来た町のなかで一人だった



五年も前

五年も経ってない夜



マスターがアブラムシと言い張る茶羽ゴキブリだらけの木造りの飲み屋

別名だとはわかるけど、頷いてください

本当はあなたじゃなくほかのあなたにそれもこんなことじゃなく

頷いてください

と言いたかった

グラスを拭いていないで

強くこすれる音に掻き消さないで

似合わないものを飲んでいる

何もすることがなかったから

きみいがいだれもしらないこのまちだ

一度だけ飲んだことのあるウイスキーがとくとくとつがれる音で

僕は別に眠たくもなれない

店を出て

とぼとぼと歩いて

首筋だけ暑くて

とぼとぼと歩いて

坂の上の駅舎を過ぎて

民家も途切れるころ

狭い駐車場の一番奥に座って

そこは坂の途切れるところ

丘の途切れるところ

山の途切れるところ

一本の鉄の鎖が崖の下の銀色のちいさな町を区切っている

風で冷えた瞼の下に広がるのは山に抱かれた町明かりで

黒い宇宙に散った銀色の生活たちのひかりで

天と地は控えめな星空で

山はもう塗りこめられているから無いと同じ

天竜川が流れてそこには時の分かれる町があって

古い鉄橋の上から僕たちは精霊流しを見た

静かな夏のさかりに

その夜に

何個もの何個もの灯籠が黒い川の中に流され

またたくオレンジ色が震えて

幾つも

ゆらゆら

ちりちり

黒い宇宙に吸い込まれていった

ひとは

この星の町の中で

そこに浮かぶ無数の割れた天体で

それは

コンビニエンスストアのアルバイトのおんなのこと

高校生の息使いであるし

老夫婦であり

母と父で

僕と君の筈だった

と思っていた

町の中を電車が走っている

終電は赤い

ライトをともして

空を轢く

もうきっと数時間もすれば朝が

宇宙を燃やすんだ

後には渓流に沿って流れる雲だけで

金色になめされている雲だけで

僕は明日に笑うしかなくなる

この町は

天球の町だよ

あまねく割れてしまった

さらわれた

渇望の

愛情の

町だよ

幾つもの朝と昼と夜が息を引き取る

金色のたそがれとかのたれが抱き合い眠る

静かな生が最後にたどり着く町だ

そこに君は帰るのか

僕はここから帰るよ

さわぎの町に

しかたないことだね


自由詩 ほしのまち Copyright 水町綜助 2007-03-12 18:21:33
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