影縫い
蒸発王

綻びをつくろうために
いつも
針と糸を持ち歩いている


『影縫い』


性分なのか
ほつれた影を見ると
どうにも放っておけない
影の形は
人によって様々だ


明るく快活な女の子が
蝙蝠の影と黙りこくって計算していたり

疲れて覇気の無いおじさんが
鋭い眼光を持つ鷹の影に守られていたり

大人しく何の特徴も無い少年が
人食い虎の影に食われかけている

多くの影は
生きることに擦り切れて
人と寄り添いながらも
虫食いになって
出来上がった其の穴ぼこに
人はたやすく堕ちていく
そして影は
そんな主人の姿を悲しそうに見つめるのだ

手負いの影は怖くて
ひたすらに
悲しい

だから

ほつれている
黒い部分を見ると
ほっておけなくて
鞄にはいつも
針と糸が入っている



明朗で明晰で
上司からの期待も厚く
全ての先頭を走っていた
『彼女』の影は
小さな子猫の形をしていた

子猫は後ろ脚を一つ
亡くしていた

残りの三本の脚で
懸命に走ろうとするが
歩みも遅く
ずんずんと進む彼女の後ろを
置いて行かれないように必死に
ひょこひょこと追っていた

彼女の目は
そんな子猫の姿を映していないようだった


少し休んでみてはどうか
という提案に
彼女はそんな時間は無い

首を横に振った
子猫のことを言うと
ついてこれないなら
捨てるだけだ
と冷たく言って
足元から子猫の影を引き千切ると
私に投げて寄こした

瞬く間に

彼女は遠くへと走って行き

彼女の背中を見つめて
小さな子猫は
小さな瞳で
やはり
小さな涙をぼろぼろと零し
腕の中で鳴いた


長い尻尾を半分切って
欠けた後ろ脚を縫い付けると
子猫はいくぶん
元気になった
子猫は夕焼けが好きで
日暮れにはいつも
西の空を眺めていた
影だから
この時ばかりは
小さな子猫の手足もすっきりと伸びた

蕩けた太陽が
とぷり と
音を立てて
ビルの谷に潜っていく
子猫の目にはすっかり
夕焼けがはいりこんで
彼女を思い出すのか
子猫は小さく鳴いた


そんな


何度目かの夕焼け



突然
チャイムを鳴らす音が
何度も何度も響いて
開けると彼女が立っていた


彼女の目も

夕焼け色に染まっていて


真っ赤だった

あんなに真っ赤な夕焼けなのに
あんなに大きな火が燃えているのに
隣に誰もいないだけで


とても

寒い

そう言って
泣いた彼女は
走ってきた子猫を
彼女はしっかりと抱きとめて


何回も謝って
きっと私にじゃなくて
子猫に謝って
つくろって欲しいと
お辞儀した

針と糸で
アキレス腱から足の裏まで
子猫の脚を縫い付けた


まだ沈みかかった
夕焼けの中
西のビル谷に向かって
歩いて行く
彼女と猫の影が
斜に構えたオレンジに照らされて
長く

長く
伸びていった





綻びをつくろうために
いつも
針と糸を持ち歩いている








『影縫い』


自由詩 影縫い Copyright 蒸発王 2007-03-10 21:49:57
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