がらくた屋敷の中で
夕凪ここあ

隣の席のゆういち君と
昨日から廃屋係をすることになったことに
泣いていたら「弱虫」だと怒られた
だって私は女の子なのだ

毎日友だちとお喋りしながら帰った
スクールバスにもさよならしなければならない、

町外れの廃屋まではずいぶんと時間がかかる
私のランドセルは重いのに
ゆういち君のはなんだか軽そうだ
理由を聞いたら教科書机に入れっぱなし、なんて
ゆういち君は廃屋係が二回目だから慣れている
私は初めてだったからちょっとムッとして
「ずるい」って言ったら電柱ごとに変わりばんこで持つことになった
いじわるだと思っていたのに、ちょっとはやさしい。
うれしかった。

初めての廃屋は思ってたよりずっと大きくてこわかった
泣きそうになっていると
ゆういち君が、ぐいって私の手を引っ張った
廃屋の中に一匹の猫がいた
廃屋係の仕事は主に猫の世話だったから、

その日のうちにいくつか約束ごとをした
親には秘密にすること
係の日はスカートをはかないこと
猫の観察日記をつけること
私はこっそりゆういち君が好きだったから嬉しかった
いつの間にか係のことも嫌じゃなくなっていた
不思議。

それから廃屋係にもだいぶ慣れたころ事件が起こった
私がうっかり口を滑らせてしまったのだ、


だって

子猫が産まれたんだ。

お母さん、

廃屋はきたないところなんかじゃないよ

だって
薄暗い部屋からのぞく夕焼けはきれいなんだ

雨が降ると雨漏りして楽器みたいだし
窓のそばで埃がきらきらしているし
庭では虫がたくさん鳴いている

それに

お母さん、

子猫が産まれたんだ

まだきっと目だって開いてないんだ

お母さん、子猫が産まれたんだ


すぐにゆういち君にあやまりに言った
ゆういち君は怒るふうでもなく
ただ
子猫の名前考えなきゃ
とだけ言った、いつものぶっきらぼうな感じで。

あの日から廃屋係はなくなった
遠足だって近かったからみんなそんなことすぐ忘れてしまった
次の席替えでゆういち君とは席がだいぶ離れてしまった
私もまたスクールバスに戻った
廃屋にはあれから一度も行っていない、

机の奥に
猫の観察日記帳だけがしまわれている
ゆういち君のいけない癖がもうあたりまえになっていた。

たまに泣きそうになっても泣かない、
子猫に笑われてしまうし、
もうゆういち君も怒ってくれない。

楽しみだった放課後、
ゆういち君、ばいばい。


自由詩 がらくた屋敷の中で Copyright 夕凪ここあ 2007-03-07 19:48:44
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