おはなし 1〜50
Monk
(1)
僕は眩暈をおこし倒れゆく途中、眩暈の原因はこの部屋の絨毯の模様がどうにも見慣れない形に変わってしまったからだということに気づき、しばらく斜めになったまま考察を続けた。
(2)
恋人が「あなたの考えていることはすべてわかるわ」と言うので僕はずっと黙っていると原稿用紙に黙々となにか書き始め、最終的に千枚にもなった原稿は出版され世の中で絶賛されているのだが僕の住む町には本屋が一軒もない。
(3)
激しく喉が渇きやっと見つけたトマト農場はフェンスで囲われており、僕はなんとか切れ目を見つけ必死に手を伸ばす一方でフェンスの中で生まれ育った少年は憎しみをこめて水水しいトマトを次々と踏みつぶしている。
(4)
世界最高のピエロと称される彼が、どんな馬鹿げたことをしようが世界中の人々は賞賛の拍手と敬愛の言葉をあびせつづけた。
(5)
突然「あなたの息子にしてください」という手紙が届けられたので、「とりあえずお友達から」という返事を返した。
(6)
永久機関を発見した!と思うたびに、隣でその矛盾について的確に指摘されつづけている。
(7)
恋人が風邪をひいたので「風邪にはルルだよ」と言うと「誰よ、その女」と筋違いな疑いをかけられる。
(8)
市の中枢である最高機密エリアでは、市長が全力をつくしてアサガオの花を育てている。
(9)
僕の部屋のコンセントにつながれた男は延々と学生時代の自慢話を続けるのだが、コンセントを抜くと死んでしまうので仕方なく話を聞き続けている。
(10)
神様は突然に現れて「ここに全てを記しておる」とお渡しになった書物の一ページ目には、僕の生まれてからこれまでの通算ハミガキ回数が記されていた。
(11)
人は洗面器一杯の水があれば生きてゆけるのだ、と突然に悟り興奮すら覚えながら僕は熱い風呂に入った。
(12)
ピアニストの一日はその繊細な指で目覚まし時計をひっぱたくことで始まり、ピアニストの一日はその繊細な指で目立つ白髪をひっこぬくことで終わる。
(13)
灯台守である二人は夜ごと互いの灯りを海に泳がせ、言葉にならない言葉をかわしている。
(14)
それが洗濯機の中でまわしてよいものかわるいものか、一晩中妻と話し合った。
(15)
二塁ベース上では僕の理想の女の子がこちらに微笑んでいるのだが、監督からは執拗にバントのサインが出ている。
(16)
海で拾った瓶詰めの手紙の文面に僕はとても心を揺さぶられるが、その後毎日のように手紙は流れつき、それらは全て同じ文面で差出人だけが変えられている。
(17)
その花を育てるには涙による潤いが必要だったのだが、僕がやっと涙を流せたのは枯れ果てたその花の残骸を見下ろしたときだった。
(18)
そのビルの27階の右から13番目の窓の奥で今、僕の出生に関わる重大な会議が行われていたが、僕は地下2階の4番目のトイレでYシャツのボタンの掛け違えを必死に直していた。
(19)
庭の片隅に埋めておいた"疑惑"が毎晩どこかへ出かけてゆくようで、たまらず恋人に電話をかけるのだがいっこうにつながらない。
(20)
もう長いあいだ電柱に貼られている行方不明の子供の似顔絵は、時間がたつほどにだんだん大人びた顔になっていった。
(21)
箱を開けると中にはまた箱が現れ、その繰り返しに途中うんざりもしたが僕はどんどん加速し、今まさに箱を開ける速度は箱が現れる速度を追い抜きその先にあるものに手が届こうとしている。
(22)
僕らが数時間にわたり続けた何の結論も出ない議論を、オウムはすべて記録し終えると以後毎日のように繰り返し、やはり永遠に結論にたどりつかない。
(23)
母親と父親はそれぞれの役割を上手く演じ、観客たちが惜しみない拍手を送っている。
(24)
その家の玄関先に装着されたメーターはドアが開閉するたびにカウントされ、月に一度水色の作業服を着た男がそのメーターの数値を点検している。
(25)
マグカップに満たされた一杯のぶどう酒を囲んで、子供たちはそれぞれ将来に対する野心ついて語り合っている。
(26)
僕は飴玉を慎重に奥歯でかみ砕いたが、彼女はその音にいつだって敏感に反応するのだ。
(27)
日曜の朝、だらしなく歯を磨いていると、大きな花束を抱えた父がさっそうと出かけてゆく。
(28)
No one can live without love
No one can love without live
(29)
彼女のせいで僕の睡眠は根こそぎ奪われ、彼女の飼い犬がその睡眠をむさぼるように消費していた。
(30)
少女がかたくなに結んだ手の中のコッペパンは、すでにとりかえしのつかないカタさになってしまった。
(31)
「土星の輪の有効利用法 講演会」のスポンサーとしてバームクーヘン会社が真っ先に名乗りをあげた。
(32)
女が想いをこめて編みあげたマフラーを受け取った男は、編み目ひとつひとつに指を差し込んで確認作業をはじめた。
(33)
中華料理屋の娘は夜中泣きながら帰ってくると黙々と餃子を包み始め、明け方娘が寝てしまうと中華料理屋の主人はその大量の餃子を黙々と焼き始めた。
(34)
詩人は妻の作る料理に感激し「詩的だ」と一言言うと、二人分の弁当を買いに弁当屋へ出かけた。
(35)
その岩の上から見る朝陽は世界で最も美しいと言われており、梯子屋の男は観光客のために毎日岩に梯子をかけていたので彼自身は一度もその朝陽を見たことがない。
(36)
二人は交互に風船を膨らましてゆき、あと一吹きすれば割れてしまうというところで顔を見合わせ、以後風船はサイドボードの上にずっと飾られている。
(37)
ドアマンが仕事に疲れて帰宅し自宅のドアを開けると、見も知らぬ人がチップを渡して中へ入ってゆく。
(38)
「タバコをやめないと離婚する」と言われた夫が、妻の先端に火をつけてうまそうに煙をはいている。
(39)
あやまって湖に斧を落としてしまうと中から妖精が突如現れ、「いったい何本落とせば気が済むのよ!」とこっぴどくしかられた。
(40)
ポケットのない世界で僕はひどく暇をもてあましている。
(41)
九月のある日散歩の途中で、扇風機を修理してください、と必死に誰かの家の扉を叩いている恋人の姿を見かけた。
(42)
明け方ちかく僕は激しい性交の途中でぐんぐん背が伸びるのを感じた。
(43)
もうすでに誰も訪れることのない門を守る門番は、その鋼鉄の扉を素手で殴り続け、その行為を恋と呼んだ。
(44)
君の秘密が朝、市場で売られている。
(45)
全てのからくりを暴ききるとその人形は力なく崩れ去ってしまったが、最後に人形が流した涙のからくりは誰にも暴くことはできなかった。
(46)
夜ごと製材所に忍び込んでは、材木のひとつひとつにハチミツを丁寧に塗っている。
(47)
眠っている間に恋人の脳みそをそっと取り出すと月灯りの射す窓際に並んで座り、この世の美しいものについて順番に語りかけている。
(48)
その女の想いは多数の人々を介してやっと男に伝えられたが、男は直前に彼に伝言をした女のことで眠れぬ夜を過ごし始める。
(49)
私は身体の中心に林檎を実らせたその娘のことを誰よりも愛し何よりも大切に扱いたい気持ちでいっぱいなのだが、肌を重ねるたびに娘の林檎に歯を立てずにいられない。
(50)
コンビニに行くとアイスが全部とけていてしかたなく消しゴムだけ買うのだが、レジの女の子のおつりを渡す手はクリームでひどくベトついている。